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かっこう

作者: きか

 僕が目を覚ましたときには、もうすべては終わっていた。はじめから失敗していた計画を、やり直すことなどできるはずがない。兄弟たちはすでに目覚めを終え、行動を起こしている。あとに残された僕にできた行動は、ただ、呆然と、途方に暮れることだけ。

 思えばそんなふうに、はじめからずっと、何一つうまくいったためしがない。

 どうしてうまくできないのだろう。それがよく分からない。同じものを食べ、同じように育てられているはずなのに、どうしてこんなにも、僕だけが他の仲間と、なにもかも違ってしまうんだろう。



 生まれ落ちたときから、僕は他の兄弟とは違っていた。身体が大きく、その分兄弟たちよりうまく動けない。兄弟の中で、僕だけが飛び抜けてどんくさく、穀潰しだった。僕は本当にみんなと同じ生き物なのか。誰もが違和感を感じていたはずなのに、なぜそれを誰も口にしないのか、僕にはそれが不思議だった。

 みんな、僕に、気を使っていたのだろうか。そう思うと、心苦しくもあり、情けなくもあった。恥ずかしながら、他の兄弟にそんなふうに気を使われるのが、悔しかったのだ。そうじゃない。それだけの存在じゃない。僕は、おまえたちより下に見られるような存在じゃない。兄弟たちの目線が、自分の無能を突きつけてくるようで、居た堪れなさに身悶えした。

 毎日が苦痛で、苦行だった。どうすれば、この状態から逃れられるのか。そればかり考えた。時間を巻き戻し、生まれる前に戻れたら。……そう考えない日は1日としてなかった。



 どうやったら、兄弟たちを出し抜くことができるだろう、毎日毎日そればかりを考えて、ああ、そうか、と、ある時ようやく、僕は気づくことができたのだ。

 そう。過去に還れないのなら、未来をどうにかするしかないじゃないか。

 例えば僕が兄弟たちを突き落とし、僕だけがこの場所に残るなら、こうした劣等感を覚える必要もなくなる。そうしたら、一番最初の、あるべき姿に戻ることができるはずだ。

 そう、彼らさえいなくなれば。

 僕にとって、それはとても良い考えだった。

 数多い兄弟たちをすべてここから突き落とすには、時間がかかるし、邪魔が入らないようにする必要がある。けれどそんなことは些細な問題だろう。あいにくと僕は身体だけは大きい。機会さえ得られれば、突き落とすことは簡単だ。親が不在になる時を慎重に狙いさえすれば、どうとでもできる。

 けれど、なかなかチャンスは訪れなかった。両親の片方がいなくなったと思ったら、もう一方が帰ってくる。まるで、僕を見張っているかのように。

 何もできない苛立ちを抱えたまま、時間だけが過ぎていく。冬が過ぎ、春が来る。桜の花も散り、ようやく機会が訪れたのは、僕らの子ども時代がもうすぐ終わりを迎えようとしていた初夏の頃。

 いい加減、諦めれば良かったのに、と自分でも何度も思った。それでも、何一つとしてうまくできなかったというこの僕の、この劣等感を消してしまうためには、兄弟達をどうにかしなければいけない。その思いから、とうしても逃れられなかった。

 後ろから体当たりを仕掛ければ、兄弟たちはあんなに小さい身体だ、真っ逆さまに地面に落ちてゆくに違いない。勢いをつけてぶつかっていくと、思ったよりも軽い手応えのあと、兄弟のひとりは巣から転がり落ちた。その流れのまま、二匹目、三匹目、と次々に犠牲者の数を増やしていく。

 無我夢中で行っていたら、いつの間にか、巣に立っているのは僕一人だった。一人っきりとなった巣の中を見回し、その広さに少し驚く。しばらく呆然としたあと、小さく息を吐いて振り返ったその先に、いつからいたのだろう、血の繋がりのない親鳥たちがいて、僕をじっと見つめていた。

 どちらとも、まるで置物に変わってしまったかのように微動だにしない。口元にはいつものように餌をくわえていたが、すでに興味は失われており、捨てるのも面倒なので口に咥えているといった風情だった。あの餌を、僕の口に放り込んでくれることはもうないだろう。不意に、そんなことが思い浮かんだ。



 どのくらいの時間、親鳥と見つめ合っていたのだろう。どんな報いを受けるのか。味わう覚悟も決まらないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 しばらく続く無言の空間。いつまでもこの時間が続くのかもしれないと諦めかけたその時、親鳥とよく似た姿の鳥が後ろの小枝に足をかけるのが見えた。

 一匹が二匹、二匹が三匹に増え、それが僕が巣から突き落とした兄弟たちの数と同じになった時、やっぱり、とストンと僕の胸に落ちるものがあった。

 みんな、知っていたんだ。みんな知っていて、僕をはかっていたのだろう。

 僕らのあいだに、親愛がないわけではなかった。別に嫌っていたというわけでもない。そこそこの関係を築けていたと思う。それでも、彼らは僕を見ていた。僕がどう動くのか。不安と危機感を抱いていた。だから見ていた。僕の姿を。僕の行動を。僕が彼らを見ていたそのとおりに。

 僕がどう動くのか。どう生きていくつもりなのか。じっと見ていた。殺す理由がないから殺さなかった。生かすことさえした。何もなければよかった。何もしなければ、ただ一緒に育って巣立っていけた。

 けれど、もう、その時は永遠に来ない。僕のせいで。

 しばらくして、親鳥たちは空へと旅立っていった。後を追うように、兄弟たちも同様に。巣に残されたのは未だ飛べない僕一人。

 親鳥の、餌の与え方は平等だった。あえてそうしていたかのように。どんなに僕の口が大きく、僕の姿が大きくとも、兄弟たちと同じ量しか与えられなかった。……結果、僕は兄弟たちとは違い、成鳥になるにはまだ時間が必要だ。

 けれど、空を飛べない僕に、餌を運んでくれる親鳥はもう居ない。



 空を見る。巣から突き落とした兄弟達を、思い出す。飛び立たなければいけないことはわかっている。このままではいけないことも。

 飛べないと決まっているわけでもない。案外、足を踏み出せば、勢いで飛び立っていけるかも知れない。あの空へ。僕も。同じように。

 ただ僕には、その勇気が遠かった。

カッコウの托卵の話。遅く孵った卵はどうなるのだろうと思って書いた。

読み返していると違和感がすごくて、ちまちま書き直してしまうのだけれど、日頃の鍛錬が必要……、という気持ちで綺麗にならなくて悔しいです。

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