27.
神社の入り口で健二さんたちはリムジンに乗りこみ、自宅へ帰っていった。
孝弘さんは自転車を手で押しながら、私たちに告げる。
「それじゃあ、俺が駅まで付いて行く。
早く帰ろうぜ!」
マスターがうなずき、先頭を歩きだした。
その隣には財部さんがマスターの腕にしがみつきながら歩いている。
それを見て歩美がため息をついた。
「ちょっと、『離れていても力を受け取れる』んじゃなかったの?」
財部さんがこちらに振り返って微笑む。
「それだと効率が悪いのよ。
くっついてる方が、辰巳に負担をかけないの。
辰巳に苦しい思いをさせても良いなら離れるけど、どちらがいい?」
歩美が悔しそうに押し黙った。
私は眉をひそめてマスターに尋ねる。
「力を分けるのって、苦しいんですか?」
マスターが笑顔で振り返った。
「大したことじゃないよ。
朝陽さんだって、血を抜かれたでしょ?
あの程度の感覚さ」
いや、私あれでめっちゃ苦しんだんだけど?
歩きながら、マスターが告げる。
「今日の作戦は大成功だった。
これもみんなが力を貸してくれたおかげだ。
健二もこれからは、神社を維持しようとしてくれるだろう。
あと何十年かは、あの店を続けられるね」
私は思わず声を上げる。
「たった数十年で終わっちゃうんですか?!」
「そりゃあそうだよ。
だって健二の次が居ないからね。
孝弘は家を継ぐ気が無い。
健二が引退したあと、間もなく店は消える」
私や早苗、歩美の視線が孝弘さんに集まった。
自転車を押して歩く孝弘さんは、何かを考えるようにうつむいていた。
「……俺に、跡を継げると思うか?」
マスターが穏やかな声で応える。
「それは孝弘次第だ。
だがお前は恵まれた環境にいる。
利用できるものをすべて利用して、這い上がることはできるだろう。
そこから先は、また別の戦いが待っている。
その覚悟があるなら、可能性はある」
私の横を歩く孝弘さんが、ぼそりとつぶやく。
「なぁ朝陽、お前はどう思う?」
なんで私に聞くの?!
「んー、財部さんが言う通り、孝弘さんは頭が悪い人じゃないです。
人付き合いも巧そうですし、先を見る目もあるんじゃないですか?
真面目に頑張ることができれば、たぶん大丈夫ですよ」
「そっか……」
それっきり孝弘さんは黙り込んでしまった。
私たちはそんな孝弘さんを見守るように、黙って歩いて行く。
静かな潮騒と、カラカラという自転車のタイヤが回る音だけが聞こえてきていた。
****
駅に着き、私と早苗、歩美は改札の前で振り返る。
「それじゃあ、お疲れさまでした!」
マスターが笑顔でうなずいた。
「うん、おつかれ。
明日もよろしくね」
「はい!」
財部さんが私に手を伸ばした。
「ちょっと待って伊勢佐木さん。
あなたにはこれをあげる」
そういって鞄の中から一枚の紙きれを取り出し、手渡してきた。
「これは……地方宝くじ?」
「そうよ? 今日はあなた、とってもがんばったもの。
ボーナスぐらいあってもいいんじゃない?」
早苗と歩美が財部さんに食って掛かる。
「朝陽だけずるい! 私たちには?!」
財部さんがクスリと笑った。
「あなたたちにもあるわよ?」
そう言って早苗と朝陽にも、宝くじを渡していた。
財部さんが二人にも一枚ずつ手渡す。
「何等が当たるかは、あなたたちの日頃の行い次第。
今日どれだけ頑張ったかで、結果が変わるわ」
「ありがとうございます!」
私たちはマスターと財部さん、孝弘さんに手を振りながら、改札を通過した。
****
家に帰りつくと、さっそくお母さんに宝くじを渡した。
「こんなの貰っちゃった。
当たってたらいいね!」
「あら、地方自治体宝くじ?
でもこれって、賞金が低いのよね。
夢があんまりないわ」
「そんな贅沢言わないで!
神様のご利益が付いた縁起物だよ!」
「んー、これ発表は明日なのね。
確認だけはしておこうかしら」
お母さんはしげしげとくじを眺めながら、引き出しにしまい込んでいた。
私は遅い夕食を食べたあと、お風呂にゆっくりとつかってからベッドに入った。
****
カランコロンとドアベルを鳴らし、早苗が喜びながら飛び込んできた。
「おはよう! 見た?! 宝くじの当選番号!」
歩美が上機嫌で応える。
「あら、あなたも当たってたの?
私も三等が当たってたわ。
親に預けたけど、新しい洋服でも買おうかしら」
「あー、そこは同じかー。
でも臨時ボーナスとしても、びっくりだよね!
バイト代何か月分だろう?」
マスターが笑みをこぼしながら告げる。
「君たちは今月、フルタイムで入っているからね。
二週間弱だけど結構な額になる。
それよりちょっと多いくらいかな」
歩美が残念そうにつぶやく。
「あら、たった一か月分ちょっと?
……まぁでも、バイト代が二倍になったと思えば、丁度いいのかしら」
マスターがコーヒーを一口飲んでから私たちに告げる。
「来月からは、通常シフトにするよ。
扶養控除から外れないよう、時間を調整しておくから。
平日三日、土日はどちらか。
そんな感じでシフトを決めていこうと思う」
私は小首をかしげて尋ねる。
「なんですか? その扶養控除って」
「君たちがお金を稼ぎすぎると、親の収入が減ってしまうってことだよ。
そうしたら、あんまりバイトをする意味がないだろう?
今まで通りに働いちゃうと、バイト代の何割かを親に渡して釣り合うくらいだ。
それでも働きたいなら、君たちの希望を聞くよ?」
私はおずおずと上目遣いでマスターに尋ねる。
「……たとえば、今までみたいに働いてたら、一か月いくらぐらいなんですか?」
マスターが電卓を取り出して、トントンと指で数字を叩いていった。
「ざっとこれくらいかな」
カウンターに置かれた電卓に、私たちは殺到した。
早苗が呆然とつぶやく。
「すごい……六桁になるの?」
歩美も驚いてるみたいだった。
「こんなに稼げちゃっていいのかしら……」
私もその金額に眩暈を覚えていた。
「なんか、現実感が無いですね」
マスターがニコリと微笑んで電卓を手に取り、また数字を叩いて行った。
「扶養控除から外れない金額だと、これくらいかな」
見せてもらった金額は、だいたい半額くらいだった。
早苗が電卓を見つめて告げる。
「……つまり、ちょっと働いても、目いっぱい働いても、もらえるお金は同じってこと?」
「そういうことだね。
どちらを選ぶかは君たちに任せるよ」
私たちは頭を突き合わせて相談を開始する。
早苗が眉をひそめて口を開く。
「二人はどうする?」
歩美も悩みながら応える。
「私はフルで入っても構わないかな。
マスターと一緒にいられる時間が惜しいし。
――朝陽は?」
私はニコリと微笑んで応える。
「私は決まってるよ!
ここの仕事、楽しいもん!」
早苗と歩美が、私に微笑みを返してきた。
「そう言うと思った」
「ま、朝陽だもんね」
私はムッとしながら応える。
「それ、どういう意味?!」
「なんでもなーい」
クスクスと笑いあう私たちに、マスターが告げる。
「それじゃあ今まで通りのシフトでいいのかな?」
「はい!」
私たちの声に、マスターが嬉しそうにうなずいた。
早苗が私に振り向いて尋ねる。
「そういえば朝陽、宝くじはどうだったの?」
「あー、私は確認してないんだ。
ちょっとお母さんに聞いてみるね」
スマホを取り出し、メッセージをタップしていく。
しばらくして返信が来て、私の時間が止まった。
歩美がきょとんとしながら私に尋ねる。
「どうしたの? もしかして外れちゃった?」
「あはは……『一等が当たっちゃった』って、お母さんが」
「えーっ?!」
早苗と歩美の絶叫が、店内に木霊していた。
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今日も『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は、元気に営業している。
カランコロンとドアベルが鳴って、常連さんが顔を見せる。
私はカウンター席から飛び降りて、エントランスに走り込んだ。
心からの笑顔でお客さんを出迎える。
「いらっしゃいませ!
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!」
ここは『宝石のような時間』を提供する喫茶店。
やってくるお客さんは『ちょっと変わってる』けど、みんないい人たちばかりだ。
笑顔でコーヒーや紅茶を楽しむお客さんを見ながら、私は学校の勉強を進めていく。
早苗や歩美は、おしゃべりをしながら接客対応していた。
穏やかで温かい時間に包まれた空間――それが『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』。
マスターは満足そうに店内を見守り、グラスを拭いていた。




