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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第3章:神社の危機

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25.

 健二さんが震える声で告げる。


「お前、しゃべれたのか?」


 マスターが微笑みながら応える。


「最初から話していたよ?

 健二は子供の頃から、僕の声を聞くことができなかったね。

 僕を見ることもできない健二は、僕を知らずに育ってきた。

 だから驚くのも無理はないと、理解してあげよう」


 私は横からマスターに尋ねる。


「子供の頃から見てたんですか?」


「ああ、そうだよ?

 健二が生まれた時もそばにいたし、初めて立った時もそばにいた。

 その頃はここを開く前で、割と暇してたからね。

 健二が宿題を忘れて廊下に立たされていた時も、隣で一緒に立ってあげたものさ」


 孝弘さんがポカーンと口を開けていた。


「親父、宿題を忘れたことなんてあったのかよ……」


 健二さんが恥ずかしそうに声を上げる。


「うるさい! あんなもの、小学二年の一回だけだ!

 ――なんで貴様がそれを知っている?!

 親父にすら教えたことが無いのに!」


 マスターが妖艶な笑みを浮かべて応える。


「健二が十歳になるまで、僕は分身のひとつを健二のそばに置いていた。

 だからそれまでのことなら、大抵のことは知っているよ。

 健二が学校で先生のことを『お母さん』と言ってしまったのもね」


 健二さんの顔が真っ赤に染まっていた。


 あー、いるよね。小学校に上がってすぐだと、間違えちゃう子。


 男の子に多かったような気がする。


「ねぇマスター、なんで『十歳まで』なの?」


「巫(かんなぎ)の力は、十歳まで大きく成長を続ける。

 巫力(ふりょく)が育てば、僕を見ることができるんじゃないかと思ってね」


 健二さんが真っ赤な顔でマスターを睨み付けて告げる。


「貴様、何者だ」


 マスターは妖艶な笑みのまま応える。


「小金井(こがねい)辰巳(たつみ)――この喫茶店『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』のマスターだよ。

 君たちの氏神であり、竜神であり、この神社の祭神でもある。

 ここは僕が神社に作り出した幻の店。

 存在すれども実在はしない、『幻の喫茶店』さ」


「神だと?! 証拠を見せてみろ!

 まさか、そのカラーコンタクトが神の印だとでも言うつもりか?!」


 マスターがふぅ、と小さく息をついた。


「まだ頑張るのかい?

 健二は昔から強情だったけど、年を取ってからはそれが増したね。

 ――じゃあ、これならどうかな?」


 ニコニコと微笑むマスターが、静かに健二さんを見つめていた。


 きょとんとした健二さんが口を開く。


「貴様、何がしたいんだ?」

「貴様、何がしたいんだ?」


 健二さんと同じタイミングで、マスターが同じ言葉を告げた。


 呆然とする健二さんが、再び口を開く。


「まさか、それで神の印のつもりか?」

「まさか、それで神の印のつもりか?」


 二人の声が、また同時に響いた。


 真っ赤になった健二さんが、口を開く――よりも早くマスターが告げる。


「そんな奇術で俺を騙せると思ってるのか」


 あっけに取られた様子の健二さんに、マスターが続ける。


「こいつ、俺の考えが読めるのか?」


「馬鹿な、そんなことあるわけが」


「やめろ、俺の考えを読むんじゃない」


「やめろやめろやめろ、俺をその目で見るな」


 健二さんが両腕で隠れるように身を縮めて叫ぶ。


「もうやめてくれ! わかったから! 認める! あんたが神だと認める!」


 息を荒げた健二さんの肩を、浜崎のお爺さんが叩いた。


「ハッハッハ! 良かったな、健二。穏便な方法で。

 辰巳(たつみ)がその気だったなら、お前が隠している『絶対に知られたくない秘密』も簡単に暴かれていたぞ?

 こんな大勢の客の前で、そんな醜態をさらさずに済んだな」


 マスターが穏やかな声で告げる。


「コーヒーでも飲んで落ち着くといい。

 今の健二は朝陽(あさひ)さんと同じ味覚になっているからね。

 とても美味しいコーヒーを味わえるはずだ」


 そう言ったマスターが、トレイからケーキを健二さんと浜崎のお爺さんの前に置いた。


 お爺さんが瞳を輝かせながら告げる。


「どれ、噂のケーキとやらを味わうとしようか。

 ――おお?! これは、本当にショートケーキなのか?!」


 一口食べただけで、浜崎のお爺さんは感激で体を震わせていた。


 それを見た健二さんも、おそるおそるケーキにフォークを入れる。


 ゆっくりとケーキを口に運んだ健二さんが、目を見開いて絶句していた。


「……なんだ、これは」


 私がニコリと微笑んで応える。


「見ての通り、ショートケーキですよ?

 お守りが無いと、味気なく感じるらしいです。

 私はいつも、その味しか感じないのでわからないですけど」


 健二さんが、今度はコーヒーにゆっくりと口をつけた。


 口に含んだ瞬間、目を固くつぶって体を震わせている。


 健二さんがコーヒーを飲み込むと、深いため息をついた。


「……これがコーヒーだと? 今まで飲んだことがない飲み物だぞ」


「そうなんですか? でも、甘くて美味しいですよね!」


 マスターが楽しそうな声で告げる。


「ストレートも飲んでみるかい?

 そちらの味も、格別な味わいになってるよ?」


「……いや、いい。

 それはまた、次の機会にとっておく」


 ――『次の機会』?!


 健二さんが小さく息をついて、店内を見回していた。


 来店客のあやかしたちは、それぞれのメニューを楽しみながら健二さんを見守っていた。


「こんな世界があったんだな。

 それも、こんな身近に」


 その顔はさっきまでと違う。


 意地を張ってた人は、もういなかった。


 同じ人とは思えないほど、力が抜けた穏やかな表情だ。


 浜崎のお爺さんが楽し気に告げる。


「どうだ、世界が変わっただろう?

 お前が今まで見て来ていた世界が、どれほど小さく狭かったことか。

 ――これはどんな物事でも同じだ。

 見える範囲でわかることなど、それほど多くはない。

 見えないことを感じられるようになれ。

 思いを馳せ、そこにあるものを感じ取るんだ」


 健二さんは穏やかな顔でケーキを楽しみ、コーヒーを味わっていた。


「親父はこの世界を守るために、神社を守ってきたのか」


「そういうことだ。

 いつか潮原(しおはら)の住民にも、この味を提供できたらな。

 それが叶わぬ望みだとわかっていても、願わずにはいられないよ」



 ケーキとコーヒーを味わい終わった健二さんが、浜崎のお爺さんに告げる。


「この店のことはわかった。

 俺にできることなら、今後の支援を約束する。

 ――だが金曜日の様子じゃ、我が社が潰れるのも時間の問題だ。

 いつまで神社を維持できるか、それは約束できない」


 背後から透き通った声が聞こえる。


「あら、それは大丈夫よ」


 カツカツとローファーで近づいてくるのは――財部(たからべ)さんだ。


 健二さんの目が財部(たからべ)さんを見る。


「あんたは?」


 財部(たからべ)さんがにんまりと微笑んだ。


「財部(たからべ)ですわ。

 あなたには弁財天と言えば、少しはわかるかしら。

 金曜日はちょっと相場を操作させてもらったの」


 健二さんが苦笑を浮かべて応える。


「今さら弁財天程度で驚きはしないが。

 そういえば、弁財天は財運の神でもあったな」


「ええそう、その通りよ?

 健二を動揺させるために、ちょっといたずらさせてもらったの。

 でも安心して?

 月曜日には、元通りにしておくから」


「ははは、さらっととんでもないことを言ってのける。

 株式相場や先物相場を、元に戻すと言ったのか」


「そうよ? その程度はなんてことはないわ。

 ――もっとも、こんな力の使い方は今回だけ。

 伊勢佐木(いせざき)さんの力を借りて、ようやく実現できたこと。

 同じことをまたやれるとは思わないでね」


 私は微笑む財部(たからべ)さんの顔を見て尋ねる。


「そんなに力を使ったんですか?

 それに私、マスターに力を貸しただけですよ?」


 財部(たからべ)さんは私にウィンクを飛ばして応える。


「あなたの血の力で、今の辰巳(たつみ)は大きく力を増してるの。

 今の私も辰巳(たつみ)から直接、力の供給を受けてるわ。

 だけど維持できても月曜日くらいまで、それが限界よ」


「そんなに頑張ってくれたんですか? なんで?」


 助けてくれる理由なんて、全然思い当たらないのに。


「だって伊勢佐木(いせざき)さん、『神社を守りたかったら嫁に来い』なんて言われたんでしょ?

 そんなの私は納得できないわ。

 時代錯誤も甚だしい、とんでもない話よ。

 それをぶち壊すためなら、いくらでも助けてあげる」


 ――この人、思ったより優しい?!


 そういえば、マスターも『根はやさしい人』って言ってたっけ。


 私は財部(たからべ)さんの優しい微笑みを見ながら、胸が熱くなっていた。


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