悪魔の血6
「俺はやり直したくないんだよ。神様、せめてこの人間の世界につながる扉を開けてくれないか」
ガジエアとトリプガイドと一緒に人間の世界に堕ちるつもりらしいが、それでどうなるんだ、土地の神様にでも託すか? それにシロキに扉を開けさせるということはこいつが協力することになるだけじゃなく……
「君をここから人間の世界に降ろすわけにはいかないよ。そんな途中の姿では。辿りつく前に身体だけじゃない、魂も消えてしまう」
そうだ、シロキにお前を消させたくないんだ。魂を消すなんて罪をこいつに負わさせないでくれ。自分の罪のことなど頭になく、ただお前を心配している優しい神様だぞ。俺は辛い気持ちでシロキの横顔を見た。
「何度も言わすなよ、消えたいんだ」
「どうして消えたいなんて言うんだ」
二人のやり取りにイライラするが、そんな俺に構わうことなく男は続ける。
「嫌なんだよ、この世界の仕組みが。この刀と水ごと終わらせてやる。そうするつもりで逃げ出して来たんだ」
「ねえ、考え直して……」
だめだ、この男、どうしてこうも強情なんだ。シロキ、もう下手に刺激するな、俺がつかまえて炎の地獄に運ぶから。
「絶対扉を開けるなよ。お前、魂を一つ消すことになるぞ」
シロキがはっとした表情で俺を見た。
「そうか、仕方ないな。神様、ごめんな。鏡、弁償できなくて」
男がガジエアを床に突き立てた。
「痛い、痛いよ」
シロキが急にしゃがみ込む。飛んできた白い鳥が水面に羽をおろすような美しさに一瞬目を奪われる。
「おい、やめろ」
俺が男の身体を捕まえるのとほぼ同時に、床が腕一振り分切り裂かれた。
「シロキ、大丈夫か。頑張れよ」
消えかけの身体で最期の力を振り絞り、男が暴れる。
それを押さえ込むことに集中したいが、シロキが後ろで苦しそうな声を上げるたび、耐えられずに振り返ってしまう。
泣いてるのか? 痛いよな、かわいそうに。代われるるものなら今すぐ代わってやる。
「やめて!」
カドが飛び出してきた。今まで成り行きを俺に任せていたのに、シロキの苦しむ声で黙っていられなくなったのだろう。思えばカドだってさっきからシロキの痛みに共鳴しているはずなのに、声一つ上げない。強いな。
「カド、止めろ、離れてろ」
お前までガジエアで傷ついたらどうするんだ。
「だって、早くしないと門が崩れるよ。シロキさんが地獄に呑まれちゃう!」
「カド、離れて!」
カドがガジエアを奪い取ろうとしたその時だった。ガジエアがカドの首筋に触れた。触れた力に全く比例しない深さで肉がえぐれ、血液がみるみる溢れ出した。目の前で見るまでガジエアを「神様の弱点」くらいに思っていた自分が馬鹿みたいだ。まさに神様を殺す刀だ。




