悪魔の血5
「俺は消えてもいいんだ。鏡の神様、あんたの門を壊してすまないな。声はかけたんだぜ、留守だとは思ったけど。でもこれ、直せるんだろ? とにかく、俺の身体が消えたら、この刀と水を頼む。せっかく盗んんで来たんだ」
俺が思っていた以上にとんでもないことを男が言い出した。
トリプガイドを――培養水の原液を盗んだ、だと?
こいつ、もしかしたら記憶のほとんどを持っているのかも知れない。おれが作成者だけを憎んでいるのに対し、こいつは極楽そのものに憎悪を抱いているのだろうか。
「そんなものを盗んでどうする気なんだ」
シロキが震える声で聞いた。やめろ、何も聞くな。お前は関わるな。そう思ったが男が被せ気味にニヤリと笑って答えてしまう。
「これさえあれば、極楽は用無しだろ」
極楽で神様や悪魔を作成、再成する際に魂や身体を入れ培養するのがトリプガイドだ。その原液は永久で、枯渇することがない。
極楽の宝で、作成者が原液から取り分け、何よりも慎重に扱っていた記憶がある。
これがなければ神様も悪魔も二度と作成できない。
「まさか、お前それの使い方まで知っているのか?」
「使い方? いや、全然」
男がきょとんとした顔で言う。じゃあ持ってくるなよ、何もかも中途半端なやつだな。
「駄目だ、返そう。お前は魂だけになって、地獄から人間の世界に堕ちろ。また人間としてやり直せる」
お願いだから考え直せ。極楽ならお前の代わりに俺が壊してやるから。
「なあ、お前、鏡の悪魔だよな。お前だって本当はこれでいいなんて思ってないだろ? だってお前は――」
やっぱりその記憶はあるんだな。余計なことをシロキに聞かせないでくれ。
「わかってる、それは俺が終わらせるから。それ以上言うな」
「待って、ナイト、何を終わらせるの? 何の話をしてるの」
シロキがこれ以上ない不安な顔で俺に聞いてきた。
極楽の扉から落ちた鏡の破片がうるさく落ち続け、視界を遮り、苛立たちを煽る。この男は記憶が混乱しているだけだ、心配するなと答えようとしたその時、男の方が先に口を開いた。
「あれ? 鏡の神様は知らないのか。そうか、悪かったな。こいつは――」
もう、力づくでも黙らせないといけない。悪気がないのはわかっているでも――
「いいから、もう言うなって」
「何でだよ、事情を知ったらきっとこの神様だって協力してくれるだろ」
その通りだよ、だから俺の神様を巻き込まないでくれ。
「こいつは知らなくていいんだ。お前、さっさとガジエアとトリプガイドを置いて地獄に行ってやり直すと言ってくれ。そうだ、炎の地獄から堕ちろ。俺たちが炎の悪魔に頼んでやるから任せろ。全部忘れて、人間に戻れ」
丁度良いやつがいる、アドバンドに頼んでやろう。シロキのこともカドのことも特別に気にかけてくれている炎の悪魔だ。
あいつなら何も聞かずにこの男を人間の世界に還してくれるだろう。この特異な状況のせいでシロキが「なんで鏡の地獄から還してあげないの?」などと疑問を挟む余裕がないことだけが救いだ。
よし、こいつを引きずって炎の地獄に行こう。そう考えている最中も男はシロキに訴え続けている。




