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悪魔の血3

 シロキの身体は造ったやつの趣味で繊細そうに見えるが神様の身体だ。ガジエアでも押し込まない限り壊れたりしない。でもこいつの門は今、脆く無防備に地獄の中央穴に放置されている。

 不貞腐れても泣かれても、こいつを門の中に残すべきだった。

「おい、大丈夫か」

 力の入らないシロキを仰向けにする。周囲の雪に溶け込みそうなほど顔が白い。こめかみに見えるのは血か? 

 こんな時に不謹慎だが、こいつの弱っている時の綺麗さは異常だなと思う。神様は欠点が魅力なのは言うまでもないが、こいつのは何だか狂気じみた魅力で、本人に自覚がないのが良いのか悪いのか難しいところだ。

「シロキさん! 大丈夫?」

 転がるように駆け寄ってきたカドが雪の上に膝を着き、手を握って、シロキに自分の熱量を送り始めた。

 俺もそうしてやりたい。俺がもし神様の、シロキの一部から出来ていれば力を与えてあげられるのだが。カドが本当に優秀な使いで助かった。

「門に戻ろう。シロキ、歩けるか」

 肩を支え立たせてやると、シロキは普段のひ弱さが演技なのではないかと思うほどしっかりとした足取りで走った。

 おぶってやろう、などと思ったのが間違えだ。こいつ、神様だものな。

 途中、鳥の羽ばたく音がして後ろを振り返ると祈りの鳥が次々と青い湖から飛び立つところだった。俺にとっては不思議な光景だ。

 あの鳥たちに行く先なんてないはずなのに、飛んで行ったとしても同じ地獄の別の湖に落ち着くだけなのに。

 何を感じてそんなことをするんだろう、初めて見る祈りの鳥の行動は、希望などないのに微かな期待にもがく人間の魂のように見えた。


 門の前に着くと、シロキより先にカドが扉を開けた。

「やめて!」

 俺に抱え込まれたまま鏡の空間に入るなり、シロキが悲痛な声を上げた。

 俺は自分が見ている光景に驚きながらも、心のどこかでさっきからの胸騒ぎの正体を知り、納得した。

 目の前にいる男は悪魔だろうか。俺と同じ空気をまとって、手にガジエアを握り、人間の世界への扉を切り裂こうとしている。

とんでもないことをしている自覚がないのか、息を呑む俺たちを目の前にしても、それほど緊張感がない。

「それをおろして」

 カドが冷静に男に言った。

「あんた達は――」

 未完成の悪魔の声がした。人間の声音の方が強く、不思議な響きがする。

 シロキが歩み寄ろうとするのを腕を掴んで止めた。神様のこいつをガジエアに近づけるわけにはいかない。 

「お前、極楽から逃げて来たのか?」

 天井の扉が砕け、鏡の破片が空間を舞っているのを見れば一目瞭然だが、あまりの異様さに一応確認した。

 日に焼けた、まだ人間らしい健康な肌の男が、濡れたような黒い目をこちらに向けて言う。

「そうだ、極楽から逃げてきた。死ぬ前の日に蜘蛛を殺さなかったとかなんとかであんな所に連れていかれるなんてな。蜘蛛なんて殺しときゃ良かったよ」

 俺の心は揺らいでいた。こいはまだきれいな魂の人間としてやり直せる。


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