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悪魔の血2

 冬の晴れた朝の湖のほとりに座り、白い息を吐くシロキに見惚れていた。そして視線に気がつかれる前に、湖に向き直る。

 極楽の作成者はやっぱり考えている。悪魔も神様も元々どっちも完成された存在だ。悪魔は完成したまま放置するくせに、神様は完成されたものを、わざわざ本体と使いと門の三つに絶妙な配分で分解し、それぞれを不完全な状態にする。

 分かたれた三つが欠けた部分を求めて手を伸ばしあっている様子が狂おしい。どれだけの思考と手間をかけているのか。作成の過程から愛され方が違う。

 悪魔を完璧だと称賛する神様は間違えている。手抜きされているのは俺たちの方だ。

 シロキに心の中で声をかける。お前、怯えるなよ。

 特にお前を作成する時には、極楽はどれだけの労力を費やしたことだろう。髪質とか着崩れとかは些細な問題だ。いや、なんならそれらも計算のうちかも知れない。

 近いうちにこいつには自分がどれだけの奇跡なのかを伝えてやらなきゃならない。

 こいつとあとどれくらい一緒にいられるかわからないから、俺がいなくなった後も迷ったりしないように。


「鳥がいるよ」

 カドの声に俺もシロキもはっとして、そちらを見た。

 カドの視線の先に居る白い水鳥の群れ。鏡の地獄にはここと同じような湖が、俺にも正確な数がわからないないくらいある。そしてそこにも同じ白い鳥の群れがいる。俺の祈りの鳥だ。こいつらのせいで俺はここから離れることができないと言ってもいい。

「どうして地獄に植物以外の生物がいるの?」

 そうだよな。シロキは俺がここで他の悪魔と同じように浄化に精を出していると信じて疑っていない。

「あれは生きていないから」

 新雪と同じ純白の鳥を見たまま俺は答えた。

 頬に何か暖かいものが触れた。いつの間に目の前に立ったカドの指が俺の頬に触れている。初めて自分が泣いていることに気がついた。

 この時はっきりとわかった。カドは知っている。たとえ知っていても俺を責めることも、まして他のものに怒りを向けるわけでもない。でも今、俺の涙を拭った時に向けた目は、このままで良いとは思っていない。

 ――お前、一緒に壊れてくれるか?

 カドが俺から目を離す前に思わず力を使い、鏡を通してすがってしまった。カドは口元に笑みを浮かべたが、返事はせず祈りの鳥の浮かぶ湖の方へ走って行った。

 どういう意味だ? なあ、カド。

「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」

 カドを追って立ち上がるシロキの寝ぐせをさりげなく撫でて直してやる。

 シロキが、え? という顔で俺を見た。俺はもう少しで、この不安を抱えた優しい神様を狂わせてしまうかもしれない。カドを追って走って行く消えそうな背中を見て苦しくなる。

 突然、シロキが新雪の上に膝をついた。俺が何かしてしまったのかと思った。それか運動神経の悪いあいつのことだ、つまずいただけか? 

 直ぐに立ち上がらないシロキを見て胸騒ぎがした。大丈夫か? 駆け寄りながら、こいつが置き去りにしてきた門の事を考える。

 少し離れた湖のほとりにいるカドに目をやると、身体にこそ異常はなさそうだが、俺たちの様子を見るその顔が緊張でいっぱいになっているのがわかった。カドはシロキの鼓動に共鳴する。


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