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悪魔の血1

悪魔の血          ナイト


 鏡に映るカドを眺めていた。さっきから俺の膝の上で白い鳥の話をしている。

あれは最期はそんな美しい鳥になって堕ちていくのか……。

 複雑な気持ちでじっと聞いていたが、ふと鏡の中に映るシロキの姿を見て現実に引き戻される。

 あいつ……まだ寝ぐせが直ってない。こんな鏡だらけの場所に暮らしていて、どうして気がつかないんだ。

 ここに来た時に既に指摘していたので、同じことを二度言うのは気が引けて放っておくことにした。

 それにこいつ自身も気にしているのは知っている。髪質がどうのこうのと、独りで鏡に向かって話していたことがあるし、他にも悩みは多いようで「水が怖いんだ」と真剣に打ち明けられたこともある。何かしてやりたかったが「無理に水に入る必要ないだろう」、としか言えなかった。

 自分だけ身なりが乱れやすいことが心配になったのか「着物の着方を教えて欲しいんだ」と思い詰めた表情で頼まれた時は怖くなって「気持ち悪いこと言うなよ」と無下に断ってしまい、後から少し心が痛んだ。俺の神様はつかみどころがないから助けてやるのが難しい。

「人間の世界に一緒に行こうよ」

 カドがひと際大きな声を出した。驚いて、今日初めてまともにカドの目を見返した。

 雷の海を見せてやりたいとか、本当にそうなればいいな、と思うことをシロキに似た、だがそれよりずっと幼い顔で話している。でも無理だ。

「俺は行けない」

 そんなこと出来るわけがない。

「お前、そんな言い方……」

 シロキが俺を軽くにらみながら口を挟んできた。

 こいつは俺がカドに少しでも冷たくすると、直ぐに怒る。

 それより、二度と見せられないかも知れない俺の地獄にカドを連れて行ってあげたい、その時、無性にそう思った。

 カドはとても勘が良い。鏡の地獄で俺が人間の世界に行きたがらない理由を、罪を、感じ取ってくれるかもしれない。

「鏡の地獄に行ってみるか」

 俺が心を開けるのはカドだけだ――

「僕も一緒に行くよ」

 シロキが一緒に行くと言った時は少し戸惑った。

 こいつには関わって欲しくない。正直そう思った。

 こいつは一人になっても、また使いと門を再成して神様でいられる。何があっても永遠にきれいな神様のままでいて欲しい。

 それに自分が神様であることに不安を抱いているこいつは、反動で誰よりも神様の役割を全うしようとする気持ちが強い。

「僕は神様なんだから」と誰にでもなく鏡の中の自分自身に良く呟いている。

 鏡の門は脆い。門は神様の隠喩だから、当然本体のシロキに良く似ている。きれいで形も色も不安定で、そして弱い。

 神様本体の力を与え続けていないとささいな衝撃にすら耐えらえない門なのに、そこを離れるのか? 確認をしたが「お前の地獄を見てみたい」ときっぱり言われ、断れなかった。

 断ったりしたら、こいつがまた落ち込む。俺たちの神様にはきれいでいて欲しい、俺とカドの願いはただそれだけなのに。

「じゃあ、行こう」

 シロキが鏡の地獄への門を開けた。門が開いていく音を聞く度、俺はいつも胸が締め付けられる。カドがこっそり俺の手を握って小声で言った。

「ナイトのせいじゃないよ」

 俺は正面を向いたままその手を握り返した。



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