融合3
「お前、これから何があっても俺を止めるなよ」
ナイトが静かに僕に言い聞かせた。
その直後、空間に地鳴りが響いた。続けて十二面の鏡が一斉に大きく歪みだす。
「カド、どこにいるの?」
僕が呼びかけた時だった。呼応するように足元の歪みが他のどこよりも激しくなって、人型に浮き上がってきた。
「シロ……キ……サン……」
溺れているような声が、その人型に波打つ液体から聞こえた。
「カド? ここにいるの? 苦しいの? 今、助けてあげるから」
その場所にすがりついて、鏡を必死で掻き分けるけれど、液状のカドを全然掴めない。鏡はすくっては僕の手から滑り落ち、全く言うことを聞いてくれない。鏡の神様ってなんだろう。
シュッという音がして、僕の顔に鏡とは別の生ぬるい液体が飛んで来た。
……何? 横を見て僕はまた目を疑った。ナイトが自分の手首をガジエアで深く切り裂いていた。
「な、何やってるんだ、お前までおかしくなっちゃったのか、やめてよ」
止めようとした僕にナイトが鋭くいった。
「俺の血をカドに飲ませるから」
確かに床に飛び散った血を、カドの形にうごめく口元が、飲み込むように動いている。
――悪魔の血で門とカドを修復するのか。
「厄介なのが、俺の場合ガジエアでつけた傷が直ぐに治ってしまうことなんだけどな」
ほんの少し前にかなり深くえぐったように見えた手首の傷が、もうほとんど消えかけていた。
すると、ナイトは閉じかけの傷にガジエアを当て、再度、力いっぱい切り裂いた。新たな傷からまた鮮血がほとばしった。それを何度も何度も繰り返す。
最初はそこら中に巻き散らかされていた血が、回数を重ねるごとに、ぼたぼたと一か所に落ちるようになった。
床に浮き沈みしながら苦しんでいた鏡の中のカドも、慣れてきたのか、落ちる血を受け止めては、ごくごく自ら求めて飲み込んでいる。その度に空間全体が食道の内部のように大きく動いた。
表情一つ変えず、憑りつかれたように手首を切り続けているナイトの顔が紙のように白い。
心が麻痺して、全てを鏡越しに眺めているような気分だ。
わずかな理性で僕はナイトの手を押さえた。
うごめく門と、無心に自分を傷つけ続けるナイトに比べて、自分の動きだけが酷く緩慢に思えた。
「そんなに血を失ったらお前まで消えてしまうよ。そんなの僕は……僕はどうしたら……」
「近づくなよ、お前に当たったら危ない。このままだといつまでもカドが苦しみ続けるぞ。そんなの耐えられないだろ? 俺は消えてもこいつが残るから、お前は一人じゃない、しっかりしろ」




