鏡の地獄3
どうしてあの日、ナイトはあんな事を言い出したんだろう。
きっと、思いつきではなくて、あの時にはもう終わりにしようと決めていたんだと思う。
ナイトは長い間、頑なに、誰一人鏡の地獄に入れることはなかった。周囲の地獄からも鏡の壁を築いて孤立し、僕すら拒まれ続けていた。いつも自分から孤独になっているナイトに近づきたかったけれど、これ以上拒絶されるのが怖くて、いつしかその距離感に満足するように自分に言い聞かせていた。
その時僕が鏡の地獄について知っている事と言えば、悪魔がナイト一人しかいないこと、冬の世界だということ、それだけだった。
他の地獄にはたくさんの悪魔がいて、日々判定と浄化を繰り返している。
僕が地獄に魂を振り分ける時、他の地獄と同じように、毎回かなりの数の魂を鏡の地獄にも送っていた。
その魂に、たった独りで向き合っているうちに、ナイトはあんな風に感情を失くしてしまったのだろうか。
僕がもっと早く気がづいてあげられていたら、今でもそう思う。
「僕も行くよ」
僕はカドとナイトを交互に見て言った。カドは直ぐに嬉しそうに頷いたが、ナイトは真顔で僕にこう尋ねた。
「大丈夫なのか、お前の門」
僕は一瞬考える。僕の門は他の神様のものと違って、移動以外の機能も多い。そのせいで、強度に振り分けられている力が少ない。つまり、脆い。だから僕は人間の世界でも地獄でも門を離れない。離れても直ぐに戻れる場所にいる。
幸い魂を受け取る時は土地の神様の方から出向いてくれるし、地獄では悪魔が引き取りに来てくれる。 僕がそばにいて門に熱量を与え続けている限り、強度は保たれる。極端なことを言うと、ガジエアですら簡単に破れない強さになる。
「大丈夫だよ、少しくらい僕が離れていても。僕もカドと一緒にお前の地獄を見てみたいんだ」
どうして僕はあの時そう思ってしまったんだろう。
今まで何もなかったから? 地獄は人間の世界より安全だと思いこんでいたから?
違う、嫉妬していたんだ。僕だけ置いて行かれるなんてやだと思った。嫉妬は一番抗いがたい罪だ。もう一度あの場面に戻ることが出来たなら僕は絶対に門を離れない。




