鏡の地獄1
鏡の地獄 シロキさん
あの長い日の朝、鏡の空間にいた僕とカドを、ナイトが訪ねて来た。
あの頃、ナイトは大体ひと月に一度、僕らと鏡の空間で過ごすしていた。
ナイトは属性が同じなこともあり、見た目は僕に良く似ている。でも、性格が真逆なせいで、雰囲気はずいぶん違う。まず、ほとんど無表情だ。ここを訪ねて来るのも、自分が楽しいから来るのか、カドが会いたがるから仕方なく来ているのか、暇つぶしに僕をからかいに来ているのか、その表情からも声の調子からも全く読み取れなかった。
ただ、僕はカドとナイトが一緒にいるのを見るのがとても好きだった。
その日の朝、鏡の空間に入るなり僕の顔を見たナイトが言った。
「お前、大丈夫か?」
鏡を見て、自分の顔色が悪いのはわかっていた。先日の役割のせいだ。僕は移動の度に相当な熱量を使い、回復には数日を要する。
僕は鏡の門の大きさ、形状を変え、地獄と人間の世界を往復させる。門は物質だから、僕の意志と熱量を注ぐことで動かしている。
更に一度に運べる魂は多くないので、完全に回復する前に、次の移動をしなけらばならないこともある。自分でもしょっちゅう気怠い顔を見せているだろうと思う。
その日は特にだった。数日前にカドを喜ばせたくて、門を回転させながら下降した時の疲れが抜けてなかった。
「大丈夫、ありがとう。最近、立て続けに移動したせいかな」
僕は少し無理をして笑った。
「いや、お前の寝ぐせのことだよ。どうしたらそうなるんだ」
慌てて自分の後頭部を触る。本当だ、凄い寝ぐせだ。後ろ姿を鏡で見ていなかった。眠ったりしないのに、横になっているだけでこんなことになるものだろうか。僕ら三人はこんなに見た目が似ているのに、僕だけ髪質が違うんだろうか。
そうだ、それを言うなら着物もだ。僕のは少し動いただけで直ぐはだける。同じ着方をしているはずなのに。僕以外の二人は髪も着物も乱れているのを見たことがない。僕だけ作成中に手を抜かれたのではないだろうか。
「おい、何ぼんやりしているんだ……お前、頑張り過ぎるなよ。魂なんて土地の神様に少しくらい長く預かってもらっていてもいいんだ。急ぐより丁寧にあつかってやれ」
そう言ってナイトは、僕の寝ぐせの激しい後頭部を一度だけ軽く撫でつけた。




