人間の世界へ2
月が全て闇と同化した。居なくなったわけではないとわかっているのに寂しい気分になる。星たちも見えなくなった月を探して声を上げ、夜空が泣いているようだ。
「じゃあ始めましょう。さっき話した通り、まずは僕の門を岬から鏡の空間に引き入れますので、カドさん、この部分を僕の門が通れるくらい開いてもらえますか」
「わかった」
カドが少し震えている。こいつだって自分の空間に他の神様の門を入れるなんて初めてだろう。
「大丈夫か?」
俺はカドの細い肩に手を置いた。
「大丈夫」
カドが俺の手を握り返した。ここからは月の神様と鏡の使いの共同作業だ。
カドが鏡に片手を伸ばし掌を付けると、そこが夜の景色を映したまま液体となり、波紋が広がった。今朝くぐったルキルくんの門がゆうに通れる高さの夜を溶かす滝になる。
「ありがとうございます。それくらいで丁度良いです。あ、カドさんもエンドさんもそこにいて下さい。動くと危ないですよ。僕の門が通過したら、そのまま二人とも鏡の中に入って下さい。僕とファミドも続きますから」
ルキルくんがそう言い終わった途端、機械的な重低音がブンっと大きく鳴り響き、爆風と共に何か巨大な物が鏡の中に吸い込まれていくのが見えた。同時に鏡がしぶきとなって俺たちに降り注いだ。思わず顔を覆う。もちろんルキルくんの門が通り過ぎたのだろうが、速すぎて殆ど見えなかった。
門が通過した後の鏡が衝撃で激しく波打っている。身体に浴びた鏡は水銀のような液体で、振り払うと直ぐにもとあった場所へ吸収された。カドが横でふらつき、俺はその肩を支えた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。門に共鳴しちゃって。ルキルくん加減してよ。間違えて地獄にぶつかった時みたいな衝撃だよ」
「すみません、門もカドさんも壊れたりしてませんか」
「うん、それは大丈夫。じゃあ中に入ろうか」
カドが当たり前のようにぬるりと左半身を鏡に入れた。
「僕たちも入ります」
ルキルくんとファミドが小走りに鏡の真ん前に来た。
気が付くとカドが顔半分鏡の中に入ったままで微笑み、俺の手を引いている。そのままぐいっと鏡の中に引きずり込まれた。
「なんだ……これ」
「結構広いだろう」
広い、何てものではない。外からみた時もその大きさには驚いたが、中は宇宙のようにただただ空間が広がっている。それに閉ざされた空間のはずなのに照らされているかのように白色に明るい。全面鏡で遮る物もなく、感覚がおかしくなる。
「これだけ広いと合わせ鏡にもならないのか?」
「縮小してもならないようにできるよ。だって具合悪くなるだろ、あれ。ここでは俺の好きなように映せるんだ」




