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炎の地獄3

 あの日からカドは片時も俺の側を離れようとしない。

 正確には俺が浄化に出る時以外はずっと一緒に過ごしている。

 最初は地獄で一人になるのを怖がっているのかと思ったが、そうではないらしく「だって、ついて行けるって幸せだろ」と訳の分からないことを言って笑うのだ。

  水の地獄にいる狐を連れた神様は、カドが正体を知るための鍵をくれるだろうか。

 無防備に眠るカドを眺めながら、俺は自分が少し不安になっていることに気がついていた。


「火、ありがとう。朝だからもう大丈夫だよ」

 陽が入り込み、柔らかい薄暗さになった洞窟に、カドの心地よい声が響いた。俺は静かに炎を消す。

「眠れたか? アドバンドの所へ寄って、昼前には水の地獄に向かおう」

  薄闇の中で仰向けのまま、まだ眠そうなカドに声をかける。

「うん、温かくて良く眠れた。エンド、お前、本当に一度も眠ったことないのか」

 今更だな。カドが眠っているのを毎晩眺め、気持ち良さそうだな、と思い満たされている。昨夜は妙な不安で落ち着かなったが。

「お前が眠っているところを見るのは好きだけど、俺自身は眠くなったことはないよ。お前から悪魔の匂いがするのは確かだが、良く眠るところを見ると、そんなに濃く混じっているわけではないのかもな」

 カドが上半身をゆっくり起こす。白い着物から細い鎖骨と肩が見える。

「お前がいるから安心して眠れるんだよ。それじゃなきゃこうしていられない。記憶も鏡の破片に映ったみたいにバラバラだし、なにより俺、一人が苦手だから。記憶が戻って、実はお前が俺の兄さんだった、なんて事ないかな」

 兄さんか……実際どういうものかはわからないけれど、ただ信頼されて頼られる者のことなら悪くないな。俺は返事の代わりに微笑んだ。

「お前、笑ってもかっこいいよな」

カドが几帳面に着物の乱れを直すのを見ながら答える。

「おかしな事言ってないでさっさとしろ、行くぞ」


 早朝の火口原を、アドバンドが住む場所へ向かって歩く。

 少し後ろを追いかけるようにカドがついてくる。

 夜がどんどん明けていく。

 開放的な気分になっているのか、今朝のカドは良くしゃべる。

「俺、エンドの背中を見て歩くの好きなんだ。お前の広い背中を見ていると落ち着く。 お前、俺の記憶にある神様と似ているんだ」

「その神様も肩幅が広いってことか」

「いや、見た目の話じゃなくて。俺の記憶の断片にある神様もお前と同じで、いつも無欲で無防備な背中を向けてるんだ」

 断片だとしても、少しずつ思い出してきているんだな。

 神様と悪魔に共通点が多いのは当たり前だが、まだそこまでの記憶はないのか。俺たちも神様も、作成の過程で本能的な欲求から解放されている。

「エンドって、かなり俺に触ってくるだろ」

「そうか? なんだよ突然」

「そうだよ。俺を抱えて運んだり、涙を拭ってくれたり、震えてると肩を抱いてくれたりする。お前にべたべたされても不思議と全然やな気持ちがしないんだ。自然に甘えていられる。俺の記憶の中の神様もそういう風なんだ。それともお前の触り方が、人間が可愛がっている動物にするのと似ているからかな。動物だとちょっと悔しいから、弟くらいには昇格したい。あ、俺やっぱり悪魔でも神様でもなさそうだ。お前らが認められたい、なんて欲を持つわけないもの」

 カドの足音に合わせて歩幅を狭めながら俺は言う。

「人間に多いよな、そういう認められたいとかいうやつ。嫌いじゃない。お前の言うことは悪魔に関しては合ってるが、神様はある意味、人間より欲深いぞ。なあ、カド、もっと話をしてくれ」

「お前、俺とおしゃべりしたいのか。意外とかわいいとこあるじゃないか」

 カドがからかうように言った。

「いや、俺は話さなくていいんだ。お前が一方的にしゃべってくれればいい。お前の声、不安定で落ち着く。それ、神様の声かもな」

「そう聞こえるのか? わからないな、自分が思ってる声と他人に聞こえる声は違うものだろ? それに不安定なのが落ち着くって、お前変わってるな」

「何でもって訳じゃない。神様の不安定はその先の希望だろ。俺たちは安定していて夢がないからな」

 数秒、朝の音だけになる。こいつ、わかってないな。

「そういうもんか……。じゃあ、歌でも思い出したら最初にお前に歌ってやるよ」

 楽しそうなカドの声が、暖まりだした空気に不規則に並んで消えた。


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