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鏡の使い5

 それから毎日、シロキさんは神様の務めを果たし、俺は使いと門の役目を果たした。神様は休息をとっても睡眠の状態に入ることはなく、シロキさんも役割の後、俺の中で丸くなって少し休むと、月の神様のところへ遊びに行くことを繰り返した。シロキさんと月の神様の相性は良いようで、いつも楽しそうに、その日あったことを俺に報告してくれた。

「俺も月の神様と使いの狐に会ってみたいな。かわいいんでしょ?  両方とも」

「今回の役割が終わってからね。今は日中お前を静かに眠らせてあげたいんだ。でも楽しみだよ。月の神様も使いも、絶対お前のことを好きになる」

 シロキさんが幸せを想像して、少し濡れた目を伏せる。シロキさんのこの顔を斜め上から映すのが、俺は一番好きだ。嬉しくても悲しくても、泣きだす手前の表情がシロキさんは良く似合う。

「冬に鏡のお祭りがあるだろ。今年はあの町で、月の神様と待ち合わせをしようと思ってるんだ。冬を、お前と月の神様たちと一緒に離れないで過ごしたい。どうかな」

 俺は思い描く。

 冬の凍った空気の中で、美しい輪郭を強調する月を、俺の身体に映すこと、大きな狐が銀色の優雅な毛皮に雪を乗せて、俺の周りを駆けまわるところ、そしてそれをシロキさんが俺の一番好きな表情で眺めているのを。

「すごくいいな」

 幸せを伝える言葉が、喉でつかえて出て来なくて、俺は短く答えた。


 俺たちが役割を終えた頃には空が冬を迎える準備を始めていた。これから向かう北の町、鏡の祭りのある町には早くも雪が積もっているかも知れない。

 シロキさんは月の神様に一時のお別れをして、それから門を移動させた。月の神様は次の月食の夜に俺たちを追ってくるという。

 シロキさんが門の移動先に指示したのは、青い海峡を臨む岬の上だった。前に鏡の祭りで訪れた時よりかなり海に近い。冬の海の乱暴さは美しいが、海風に吹かれる薄着のシロキさんが異常に寒そうだ。

 いや、シロキさん自身は寒さを感じていないだろうが、見ているだけで凍って割れそうだ。

「シロキさん、せめて何か羽織ってよ」

 海を見ていたシロキさんの薄い背中に向けて俺には言った。

「お前は見た目にうるさいからな」

 シロキさんが振り返りながら苦笑する。

「シロキさん、せっかくそんなにきれいな実態をもらったんだから少しは気をつかってよ」

「うーん、僕が頼んだわけではないからね。でも偶然お前好みの容姿で良かったよ。ずっと僕を映しているのに好きになれない見た目じゃ辛いだろ。羽織るものだよね……どうにかするよ」


 その日の午後、シロキさんが淡い紫色の羽織を着て町から帰って来た。以前、何気なく紫陽花に顔を寄せたシロキさんを永遠に見ていたくて、ずっと視線に気がつかないで欲しいと願った、あの時の色だ。

「凄く似合うよ。たまに違うもの着て見せてよ。俺は着たくても着れないんだから。それよりそれ、どうしたの」

「お前が我慢しているのに、神様の僕が着飾ったりしたくないよ。これはね、人間がくれたんだ。町で突っ立ていただけなんだけど、やっぱり寒そうに見えるのかな」

 シロキさんが人間にそんな簡単に姿を見せていることに驚いた。他の神様にとっては大失態なのにシロキさんは意気揚々と続ける。

「それでね、明日から鏡のお祭りだろ。これを着て早速行ってみるよ。せっかく僕らのことお祝いしてくれている訳だし、お前にお土産を持ち帰られたらいいんだけど」

「ねえ、人間のものを勝手に持ち帰ったりしないでよ。追いかけられるよ」

「大丈夫だよ、お供えされてるものは僕にくれたものだろ? そこから持ってくるから」

「そうだけど……それでも人間に見られないようにしてよ。姿は消して行って」

 神様は意外と人間との接触が好きだ。姿を現さなくてもなんとか交流を持とうと色々試しているが、人間の方が気がつかない事が多い。シロキさんは人間を装ったとしても確実に目立ってしまうきれいな容姿だから、うかうか姿を現さないよう気をつけて欲しい。


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