三つ目の血7
鏡の門の中に倒れるように入ると、シスが血の止まりかけた手首を押さえながら前かがみになって、かろうじて立っていた。
その痛々しさとは真逆に表情は驚くほど爽やかだ。そしてその異常に整った顔で放った声はもっと晴れやかだった。
「シロキさん、ナイト、カドが完成したぞ」
その時、カドの声が鏡の空間中に響いた。
「ねえ、俺、やっと融合が終わったよ」
最近までの苦痛を纏った空気が門の中から消えていた。
季節の変り目にも、こんな風に昨日とは明らかに違う空気を感じるものなのだろうか。俺は冬しか知らないけれど。
「シロキさん、ナイト、おかえり。どこに行っていたの?」
シロキはそのまま床に抱きつくように横になると、ぴったりと頬を付けた。
「ただいま。鏡の地獄でナイトと未来の話をしていたんだ」
あり得ないくらい優しく揺らぐ囁き声だ。
「カド……」
俺も震える指先で鏡に触れてみる。
今までの、ただ冷たいだけの感触ではない。
鏡が俺の体温を確かめ、それより少し低い温度で心地良く冷ましてくれる。
「良かったな」
シスが俺たちを見ながら微笑む。
もう手首から血は出ていないが生々しい傷跡が残っている。俺やアドバンドと同じ傷だ。
ガジエアで悪魔は殺せないと言っても、何度も何度も繰り返し同じ場所を傷つけると跡が残ってしまう。
顔と同じで計算され尽くされた完璧な形状の腕につく傷跡を見て心が痛んだ。シロキも床からシスを見上げて言った。
「カドを、僕たちを助けてくれてありがとう」
更に立ち上がってシスの手首の傷に頬ずりまでした。
数秒前までシスをかわいそうだと思っていた気持ちが吹き飛ぶ。
シスは至福の表情を浮かべて、傷のない方の手はシロキに触れたそうに空中でもぞもぞと動いている。
「もういいだろ」俺は声をかけた。更には「離れろ、変態」と言いかけて呑みこんだ。カドの恩人に暴言を吐くところだった。
だが、実際こいつにはこれでもう十分だ。
シスにはシロキがこの世の全てみたく崇拝しているふしがある。
そのうち俺に立場を代わって欲しいと頼んできそうだ。
こいつだって同じ属性の神様とは親しいはずだ。そっちの神様に入れこんで欲しい。
俺とシロキの関係は少し特殊だから同じとはいかないかも知れないが。俺たちは作成された時からすっと一緒で、守りたい、守られたい、助けたい、助けて欲しい、知って欲しい、知られたくない、そういうものが絡まり合って、もうほどけなくなっている。
「俺の血が役に立って嬉しいよ」
シスが顔を輝かせる。これでカドの中には三つの悪魔の血が入ったのか。もうガジエアで刺されたとしても直ぐに修復するはずだ。
――こいつは世界で一番強くなった。




