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湖畔の邸宅⑦

それは変な形の眼鏡でした。


「テストは屋敷の中でしましょう。これを使えば可能です。一人用なのが惜しいですが」

「その眼鏡…ちゃんと見えますの?」


シェトリーさんの指摘ももっともで、ピアが取り出した眼鏡のレンズの部分はガラスの円盤ではなく金属の球体がはまっていました。このままでは掛けても見えないどころか、そもそも掛けることさえできないはずです。


「はい。魔力は常に供給しないといけませんけどね」


そう言ってピアは眼鏡をかけましたが、眼鏡のつるが耳に触れるよりも早く、はまっていた球体が空中に浮かんで静止しました。


「魔道具ですのね」

「その通りです。移動魔道具屋さんで買いました」


魔道具の魔法というものは発動する者が術式を制御する普通の魔法とは異なり、眼鏡そのものに術式が刻み込まれています。魔力を供給することができれば誰でも使えるというのが長所ですが、容易に術式を書き換えられないという短所も存在します。


「魔道具の実物を見るのは初めてですが、そういうものを売る屋台というのもありますのね」


魔道具はそう簡単に量産できるものではないですから、基本的に自分用を一つ作るとそれ以上量産しようとはしないものです。それゆえに出回るのは中古品か高級品の両極端になってしまいます。


「かなり珍しいと思います。私もまだ一度しか遭遇したことはありません」


そんなことを話しているうちにピアは眼鏡の使用感を確認し、空中を舞う一対の球体を窓の外へと放ちました。


「さっき飛ばした二つの球体はこの眼鏡を掛けている者の新しい目となります」

「あの球が見てるものが、今ピアティカさんにも見えていますの?」


はいと頷き、ピアはすっと右を向きました。


「あ」


そしてバツが悪そうに首を元の向きに戻します。


”首をひねっても眼鏡の視界は変わらないようですね”

「言わないでください…」

「どうしましたの?」

「いえ、何でもないです。本当に、何でもないです」


まだ完全に使いこなせていないようですが、問題なく使えるみたいなので、ピアは作戦の説明を始めました。


「この眼鏡のお陰で私たちはこの屋敷にいながら外の様子が伺えます。この状態で魔法を発動すれば、湖の中にあるキャビアから光の柱が立ってるように見えます」

「光の柱…それなら暗くなってからの方が分かりやすいのではなくて?」

「その通りです。ですが、見えにくい昼でも見えるようにすれば昼夜問わず使えますから、むしろ今のような悪条件でテストした方がいいんですよ」


では、と言ってピアは早々に魔法を発動しました。そして直後に


「ん?あれ、ちょっと待って下さい」


ピアは眼鏡を外すと眩しそうに目を細めながら目の前のテーブルを見て言いました。


「魔法はしっかり働いてるようです。このキャビアに反応して、今すごく眩しいです」


言い終わるとピアの細められていた目が元に戻ったので、恐らく魔法を切ったのでしょう。


「つまり、成功ですの?」

「一応、最低限の効果は得られました。ただ、屋敷内のキャビアが放つ光がまぶしすぎて本当に探したいキャビアの光が見えません」


これではまだ実用的とは言えませんね。


「不必要な光は消す、ということはできませんの?」

「可能ですが、それをするというのはこの魔法を制御するということなので…」

「わたくしには無理、ということですわね」


そう。魔術師が自ら繰り出す魔法と異なり、スクロールに込める魔法は完全に自動でなければなりません。最低でも魔力の勢いだけで制御できるようでなければ。


「探索範囲内にある対象のうち、最も遠くにあるものを光らせる、というのが現状思いつく解決策ですが…」

「何か問題ですの?」

「それはつまり対象との距離を測り、それを記憶した上でさらに距離の長短を比較するというとても複雑な魔法になってしまいます」

「なるほど、難易度が飛躍的に上がるということですのね」


ピアにとっての問題はシェトリーさんのいう通りです。ですが、今ピアが実際にしている心配は別のところにあります。


「そうなんですが、別に不可能なほどではありません。問題はむしろ料金の方で、魔法は複雑になればなるほど金額が上がります。これしか方法が無ければこれで行くしかありませんが、できればもっと安く単純な魔法を作りたくて…」

「あら。お金でしたらいくらでもありますわ。大した問題ではありませんわよ」


その言葉はなんか波紋を呼びそうな気がしますが、しかし事実なのでしょう。こんなに良い屋敷に住んでいるんですから。


”ん?なんか今誰か良いこと言った気がしますね”

「え?お金はいくらでもある、ですか?」

”いえ、それは波紋を呼びそうだなと…あ、それです。波紋ですよ”


私でしたね。


「波紋…ですか?」

”そうです。今は中心から端までドーム状に魔法を放っていると思いますが、そうではなくて輪の形で魔法を放って、輪の幅だけで光らせるという風にするのはどうでしょう”

「なるほど、確かにそれなら屋敷にあるキャビアがいつまでも光りませんし、注ぐ魔力の大きさで範囲も調節できそうですね。水面を渡り、その下にあるものを対象物とすればさらに魔力を節約できそうです」


私の何気ない一言から方針が一気に固まりました。あとはその方向へまっすぐ進むだけです。


「名付けて、ドーナツ式探索魔法です」

”なるほど。波紋よりもその方がピアらしい表現ですね”


******

翌朝、船着き場でピアはシェトリーさんからキャビアの入った瓶を受け取っていました。


「本当に送っていかなくていいんですの?」


ドーナツ式探索魔法が完成したのは昨日の夜でした。そこからシェトリーさんは何とかしてじいやに舟を出してもらおうとしていましたが、夜だからと却下され、舟を出せる今この瞬間までずっとそわそわしていました。


「はい。飛行魔法がありますから。シェトリーさんは是非チョウザメたちを探しに行ってあげてください」

「口惜しいですわね。舟が一隻しかないというのは」

「漕ぎ手も一人しかおりません」


じいやのことですね。そういうわけなので私たちは遠慮なく飛んで帰らせてもらうことにしました。


「ピアさん。今回のお仕事はこれで終わりですが、これで終わりだとは思わないでくださいまし」


何だか懲らしめられた悪党みたいなことを言っておりますが、もちろんこれは恨み節ではなく、決意表明です。


「はい。いつか、早ければ来年また来ますので、その時のキャビアを楽しみにしてますね」

「ええ、必ず味わっていただきますわ。本来のナイトキャビアを」


シェトリーさんはピアに今回の報酬として今あるナイトキャビアを一瓶進呈してくださいました。ただしそれはこの島に来る前に約束した手付金。魔法の代金は現金で払い、それに加えて顧問報酬も支払うとのことでした。

具体的にそれが何かというと、最高級のナイトキャビア、それも本来の品質のものを、です。

そもそもキャビアの品質を戻すための仕事をしてもらったのに、当のピアがそれを味わえないのはシェトリーさんの気が済まないと、そう仰っていました。


「楽しみにしています。その頃の私は美味や珍味で舌が肥えているでしょうから、今よりももっと深く味わえるでしょう」

「ふふ。相手にとって不足はありませんわ」


故郷を出てここに来るまでに約3ヶ月。単純計算をすれば残り二つの珍味は半年ほどで制覇できるわけですが、そんなに単純ではないのが人生です。珍味以外に辛酸も、数えきれないほど舐めることになるでしょう。


「では、私たちはまた旅に戻ります」


お世話になりました、の言葉と同時にピアは飛行魔法を発動し、体を浮かび上がらせます。


「また、お会いしましょう」


飛び立つとあっという間に舟が小さくなっていきました。代わりに本土の街並みがくっきり見えてきます。

あとに残した舟もまた、その目的を果たすために前へと漕ぎだしました。


「さて、町に戻ったら何か食べて、それから次に行く町を決めましょう」

”そうですね。何にしますか?”

「それはもちろん」


着いてから決めます。とピア。それも旅の醍醐味です。

今回いただいたのは人工キャビアとナイトキャビア。

どちらもこれからが楽しみなお味でした。

第2話は11月3日投稿予定です。

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