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湖畔の邸宅①

魔術師の少女ピアティカは旅に出ました。

人生で味わえる限りの美味なるもの、珍味なるものを求めた美食の旅です。

持ち物は地図、非常食、最低限の着替え、コツコツ貯めたお小遣い、そして私、腕時計のサラです。


「サラさん。町が見えてきましたよ。もうすぐですね」


一人旅の寂しさを紛らわせるために腕時計に独り言を聞いてもらう。通りすがりに彼女を見れば誰もがそのように思うでしょう。しかし


”町についたらまず宿を探しましょうね”


私はいつだってその言葉に返事をします。だから彼女の言葉は独り言ではありません。


「宿をですか?まだお昼前なので少し早い気がしますが」


それにちゃんと会話も成立しているので、掛け値なくこれは会話です。

私の声は音として響かないものの、どういうわけかピアにだけは伝わるのです。


”この町は有名な観光地ですから、なるべく早いうちに宿を確保しておいた方がいいと思います”


そんな私達が今向かっている町はスピルーム。湖のほとりに栄えた魚介類が人気の町です。遠方からそれを求めて大勢の人が訪れるようなので、ゆっくりしすぎると宿無しになりかねません。

お昼前は客がチェックアウトして部屋に空きができていることが予想されますので、町に着く頃合いが丁度飛び込みで宿を取るにはいい時間でしょう。


「なるほど。先んずれば人を制すということですね」

”そんなところです”


こんな風に互いに助け合い、知恵を絞り合って私達はここまでやってきました。今日で故郷を出発して95日。この町での目的は湖で取れるという三大珍味の一つ、キャビアです。

キャビアとはチョウザメという魚の卵で、チョウザメの品種や処理法によって様々な種類が存在しますが、この湖にはナイトという品種が生息し、それがキャビアの中で一番人気の品種だそうです。キャビアの中で最も香りが良く、魚の卵とは思えないほど香ばしく濃厚なんだとか。

町に着くとピアはまず道行く人に役場の場所を訪ねました。

宿を探すにしても飲食店を探すにしても、まず必要なのはその土地の詳細な地図です。今ピアが持っているのは周辺地域の地形のみが記されたもので、施設までは分かりません。

役場に行って町の地理を頭に入れるところから散策を始めようとしていると、町の催し物をお知らせする掲示板が目に入りました。そこには「ご自由にお取りください」という判子が押された封筒がぶら下がっており、中にはカラフルを通り越してややサイケデリックな色合いになった地図が数枚。


「ここでは観光客向けの地図を無料で配布してるんですね」

”やりましたね。地図代が浮きました”


このような観光に力を入れている町ならばよくあることですが、中には銅貨一枚で買わないといけないような町もあります。屋台で出してる焼き鳥一本に等しい出費です。


「ふむふむ。宿屋は南西に密集してるみたいですね」


地図から得た情報を元に行き先が決まります。さらに言えば飲食店は今いる場所から見て南に多くあるようなので、お昼ごはんのために町を横断したりする必要はなさそうです。

五分ほど歩くと宿屋の看板が目につくようになってきました。


「銀貨四枚、六枚、三枚、四枚、三枚、二枚、三枚、三枚…」


ピアは目についた宿屋の看板から一泊の料金を読み上げていきます。

中には一泊で銀貨九枚のお高い宿もありますが、見れば屋敷のような外観をして、入口付近にはビシッとスーツをまとったコンシェルジュっぽい人が立っていました。例外として除いた方がいい部類の宿です。あとの宿の料金は平均的な安宿と言えましょう。


”観光地なので心配でしたが、料金は相場と変わらないですね”

「そうですね。あ、あっちに銅貨八枚の宿がありますよ。安いですね」

”安すぎます。やめておきましょう”


ピアは私に加えてお財布とも相談し、銀貨三枚の宿を借りることにしました。一応断っておくと、財布との相談とは残金の確認を意味します。さすがに財布とまで会話できたりはしません。


「次はお昼御飯ですんね。飲食店街は南なので、あっちの方ですかね」

”それは役場から見たときの話なので、今はもう少し東を向かないといけませんよ”


ピアは基本的に地図は何となく見て、代わりに景色をよく見ながら歩くのでこういうミスは度々起こります。

私に地図をよく見るよう促されたピアはその後大通りを経由して無事飲食店街に至りました。


“さすが魚介類が有名なだけあって海鮮系のレストランが多いですね”

「そうですね。あちこちからいい匂いがします」


時間はちょうどお昼時、立ち上る料理の香りもその勢いを増しています。


”さて、何にしますか?”

「そうですね…」


通りをうろつきながら店先に出ているメニューを物色します。

ピザの店、パスタの店、パエリアの店、揚げ物の店、魚介類を得意とするという共通点こそあるものの、そこには多種多様な料理が勢ぞろいしていました。漂ってくる香りも店それぞれです。


「色々あって迷ってしまいますが、決めました」


そう言ったピアはまっすぐ前方を指さしました。


「あの店のパスタが美味しそうです」

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