エピュラシオン
それはフランス語で<粛清>という意味だそうだ。
俺がこの話を最初に見つけたのは、ネットの某怪談サイトだ。
何でもパッと見は普通のコンビニらしい。
だが、従業員はフェイスガードに防水エプロン、長靴姿で、レジカウンターにはアクリルの仕切りがあるそうだ。
何故か。
従業員に対し、横柄な態度、乱暴な口など...気分を害す事をすると、銃で撃たれるそうだ。
そうして死体は速やかに奥に控えている専門の従業員により、片付けられ、痕跡もなく、営業しているそうだ。ちなみに書き込み自体は、このコンビニから無事に生還を果たした者による。そうだ。
後日談があり、再び行こうとしたが、確かに<エピュラシオン>があったはずの場所はボロボロの空き店舗だったそうな...。
俺は「いまどき、中学生でも、もっとまともな話書くよな」と吹き出した。
そんな暇潰しに読んだ話など、忘れかけていた、とある金曜日。
したたかに酒を飲んだ俺は、始発電車が動き出すまで、コンビニで時間を潰そう、と思った。
酔った足取りで歩く。
真夜中でも明るいコンビニはさながら灯台のように見えた。
誘蛾灯に誘われる虫のように、俺は店内に入った。なので、看板を見なかったのだ。
おなじみのピンポン音に、店員の「いらっしゃいませ」。
本はどこかな?と思った俺は次の瞬間、頭がぐらりと揺れるような眩暈に襲われた。
店員が...フェイスガードに防水エプロン、カウンターで見えないが、足元は恐らく長靴...アクリルの仕切り...。
幻覚か...?
と、目を擦ったが、どうやら現実のようだった。
店内をぐるりと見回す。
雑誌コーナー、ドリンクコーナー、惣菜類に煙草、アルコール類...品揃えは普通のコンビニだ。
と。ピンポン音が鳴った。
店員の「いらっしゃいませ」。
60絡みの不機嫌そうな男が、店員の異様な格好にも頓着せずに近付く。
「煙草、マイセンの8」言いながら、コイントレーに千円札を放り投げた。
いまどき<マイセン>って...。
店員はにこやかに(フェイスガード越しではあるが)「恐れ入ります。メビウスには8のソフト、8のショートボックス、8のロングボックスとございます、お客様のご希望はどれでしょうか?」
ややくどいかもしれないが、丁寧な説明だ。
ところが男は
「いいから、さっさと出せ!」と叫んだ。カウンターをバンと叩く。
「なんだ?このふざけた仕切りは?!」
店員は至極冷静に見えた。
「かしこまりました」
次の瞬間、耳を劈く銃声が響いた。
店員の手には...ピストル。
男が「あっ?あっ...」撃たれた胸の辺りを押さえ、バタリと倒れた。血が流れる。
と。バックヤードの扉が開き、レジにいる従業員とほぼ同じ格好―ただし手に手袋をはめ、マスクをしている―が二人出てきた。
男のようだ。
彼らは無言で、男の死体を担ぎあげると裏へ運んで行った。そうして再び出てきて、床などを清掃して引っ込んだ。
俺はすっかり酔いが覚めていた。
―嘘だろ?中学生の、いや、小学生の作り話...。
目前のやり取りを見ていた俺に対し、店員が「お客様、何かお求めですか?」と問うてきた。
俺はびくん!となったが、このまま立ち去る勇気もない。
カウンターに近付き、なるべく丁寧な声で「415番をひとつ、お願いします」と伝えた。
「かしこまりました、ありがとうございます」
と、店員が取ってくれた。
「520円です」
はい、と返事し、コイントレーにお金を置こうとしたが、恐怖の為か、酔いの為か、指先から小銭が滑り、ガチャン!と叩き付けるような形になってしまった。
俺は慌てた。
「す、すみません!手が滑って...」
店員はにこやかに「いえいえ、大丈夫ですよ」と言った。「ちょうどお預かり致します」
店員が差し出すレシート、いつもならばシカトするそれを受け取り、煙草を持ち、俺は「ありがとうございます」とまで言って、退店しようとした。
ピンポン音。
「いらっしゃいませ」。
客が入って来た。50絡みの男だ。
何がそんなに面白くないのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
カウンターに払い込み用紙を叩きつけるように置く。コイントレーに一万円札を載せた。
「5238円です。一万円でよろしいですか?」
店員が柔らかく訊く。
男は頷いたように、見えた。
「では、一万円お預かり致します」店員がレジに打ち込む。と。
男が「おい」と言った。
「端数はいくらだ?」
「申し訳ありません、お釣りのお渡しになります」
「あぁ?小銭出そうとしたのに、さっさとやりやがって!!」
そこまでキレる事でもあるまい...。俺は呆れると同時に次の展開を身構えていた。
果たして、銃声。
片付けられる死体。
店員はふぅ、と息を吐いた。もう一人の店員に話しかけている。
「どうして、こう、変な輩が多いのかしらね...」
「コンビニで店員相手に鬱憤ばらしなんて、社会の底辺よね」
うふふと笑いあっている。その光景に一刻も早く立ち去ろうとする。
退店だ。ピンポン音。
「ありがとうございましたー!またのご来店お待ちしております!!」という声に背中を叩かれた。
ゾッとした。二度と来るものか。
俺は店を出た瞬間、ダッシュした。
闇雲に走り回り、見つけたタクシーに飛び乗って、自宅に帰った。
昼過ぎに、ガンガン痛む頭で「夢だったんだ」と思い込もうとしたが、あの時、購入した煙草のレシートが確かにあった。
店名に電話番号、住所、レジ担当者のナンバー...。
何故だか捨てるのに、ためらいを感じ、適当に物が放り込んである引き出しにしまった。
その後、あの界隈には近付いていない。
いま、俺の手元にあるのは一枚のレシートのみだ...。
果たして、あれは現実だったのだろうか...。




