第27話 『月兎』
霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?
著者:ピラフドリア
第27話
『月兎』
一階建ての和式の屋敷に広い庭のある赤崎邸。そこに白髪に赤と黄色のメッシュを入れた女性が訪ねてきた。
「ヤッホー!! 赤崎クン、いますカー?」
片言の日本語で呼びかけながら玄関を叩く。すると、中から小動物が走るような素早い足音が近づいてきたと思ったら、勢いよく扉が開いた。
しかし、女性の前には誰も見えない。
「なんのようですか!!」
幼稚で純粋な声が下から聞こえる。女性が目線を下にすると、そこには黒髪の少女がいた。
「オー、お父さんイマスカ?」
「いるよー!! とーさん!! お客さーん!!!!」
少女は叫びながら廊下を走っていき、奥の部屋に入った。奥から面倒くさがる男の声を急かす娘の声が聞こえた後。
重い腰を落とした男が部屋から出てきた。
黒髪に白衣を着た男性。煎餅を咥えながら出てきた男性は、女性の顔を見ると顔を青ざめて煎餅を落として廊下の反対側へ向かって走り出した。
だが、時すでに遅し。男性が出てきたのが分かった女性は、靴のまま玄関を上がり、廊下を走ってもうすぐそこまで迫っていた。
男性は逃げることができず、背後から抱きしめられてしまう。
「圭一郎、久しぶりダネェ!!」
「フォスター先生、やめて……ください!!」
捕まってしまった男性は抵抗するが、女性の方が力が強くて抜け出せない。
「なーに、照れてるのヨー!!」
「やめてくださーーい!!」
突然現れた女性に抱きつかれる父親。二人の様子を娘が部屋から顔を出して覗いていた。
「……とーさんが浮気してる……。かーさんに報告しないと」
「待って!! 違うんだ!! かーさんには言わないでー!!!!」
どうにか誤解も解けて、男性は女性を客室に案内した。
「フォスター先生。どうして突然日本に?」
エルリック・フォスター。英国の大学で二足歩行ロボットを研究している女性だ。
とはいえ、現実的な二足歩行ではなく、SFに登場するような巨大ロボットの二足歩行だ。そのため、問題も多く研究は停滞している。
「千葉で講演があってネ。あ、それとも君に逢いたかったって言ってほしかった?」
「やめてください……」
「……というか、先生はやめてほしいな、そこまで歳も変わらないダロ」
「いえ、それでも私と岡島はあなたの指導があったからこそですから……」
フォスターは話の中で出た名前に反応し、さっきまでの少しトーンより少し声を落とし、真面目な形で男性に聞いた。
「岡島クン、今どうしてるか分かるかい?」
その質問に男性は口の中に溜まった唾液を飲み込み、呼吸を整えてから答えた。
「……私が聞いた話では…………亡くなった……と」
「そっか。メキシコのジャングルでの争いに巻き込まれたってのは本当だったのね……」
「…………」
重い空気が流れ、しばらくの沈黙が続く。この空気に耐えかねたフォスターが話題を変えた。
「そういえば、私が前に教えた二足歩行のどうだった?」
「あれですか。確かにあれなら大型の兵器でも可能かもしれない。しかし、データ収集が難題ですね。多くの人間を1箇所に集める必要がある、それに大人じゃ良いデータが取れないですから」
「そうなのヨね。というか、兵じゃないわよ。ロボットよ」
「そういう問題じゃないですよ。というか、先生、その拘りは良いとしても、その拘りを利用されて騙されそうになるのはやめてくださいよ。私が止めなかったら犯罪者の片棒を担がされてたんですよ」
フォスターは「はっはっは〜」と笑っているが、男性からしたら笑い事ではない。
「それにしても君が結婚ネ〜。長男のボーイはどこに行ったのカナ?」
「アイツなら先輩に呼び出されたとかで出かけてますよ……」
幽霊のいない世界。その世界で俺は死んだ。
それは記憶にない記録。宛名のない手紙に書かれていたことだ。
揺れる電車の中。外を見ると、隣の車線を電車が入る。速度はこちらの方が少し早いようで、電車の速度は変わっていないのに、ゆっくり走っている気分だ。
次々と移り変わる車内の様子。子連れの親子やサラリーマン。昼過ぎの車内はチラホラ空いている席もあるが、立っている乗客もいる。
そんな中、向こうの車両にある人物の姿が見えた。黒髪短髪に身長は190近くあるだろう。
長身の男は白いコートを腕を落とさずに、肩に羽織り、肩を壁につけて立っていた。
横からの顔だった。だが、その顔に見覚えのあった俺は、男を追いかけるように車両を移動する。
扉を開け、さらに開け、後ろの車両に向かう。
「先輩!?」
後輩の赤崎も俺の後を追って、最後尾に着いたが、隣を走っていた車両は俺達の乗る電車と離れていった。
「今の電車はどこ行きだ?」
俺が赤崎に聞くと、少し考えてから思い出したように答えた。
「確か……自由が丘とかそっちの方に……」
「……次の駅で降りるぞ」
「え!? なんでです!?」
結局、電車を乗り換えて奴を追ったが、見つけることはできなかった。
「先週月兎を見かけたって、本当ですか?」
「何度も資料で見てる顔だ。忘れるかよ……」
それから数日後。俺達は月兎を見かけたという情報を手に入れて、ある住宅街にやってきていた。
「っで、今回は誰からの情報なんですか?」
「情報っていうか噂だ」
「噂? 月兎の噂なんてする人いるんですか? 国家レベルの重要人物ですよ」
「いや、月兎じゃない」
俺が足を止めると後ろを歩いていた赤崎は俺の背中に激突する。
「突然止まらないでくださいよ!」
後ろで赤崎が文句を言っている。しかし、俺はそんな赤崎を気にせずに目線の先に映る人物を見つめていた。
「またお前達か……」
それは着物を着た男の姿。腰には刀をぶら下げていた。
「指名手配犯が昼間から散歩してて良いのか?」
「意外とバレないもんさ……。それよりもここに来たってことは月兎か?」
「どこにいる?」
俺が聞くと和服の男は首を振る。
「残念だが、例のブツはすでに渡してきた。もうどこにいるかは知らない」
「そうか、ま、今回の目的は月兎だ。警察もお前の情報を掴んでる。せいぜい頑張れ」
「それはどうも……」
俺と赤崎は和服の男とすれ違って離れた。
和服の男が見えなくなってから、赤崎は心配そうに俺に聞いてくる。
「良いんですか……」
「今は月兎だ。アイツがいるってことは月兎もいる可能性が高い」
噂はあの侍のことだ。指名手配犯で顔の知られている彼の目撃が何件かあったのがこの場所だ。
月兎と取り引きをしている侍が現れたということは、ここに月兎がいる可能性がある。
警察も侍の情報を手に入れているはずだし、俺達は月兎を追うことにした。
「……あ、先輩!」
「いたか!?」
後ろで赤崎が何かを発見したみたいで、俺が振り向くと赤崎が見ていたのは古びた駄菓子屋だった。
「なんだよ、見つけたわけじゃないのかよ……」
「いや〜、ちょっとやってみたかったもの見つけちゃいましてね。少しだけ、ほんの少しですから!!」
赤崎が何を見つけたのかは分からないが、ここまで頼み込んでくるので、俺は渋々許可を出す。
すると、赤崎は駄菓子屋の入り口側に置かれたゲーム機に近づいた。
赤崎は小銭を入れるとゲームをやり始める。
「珍しいゲームなのか?」
「はい! もう古すぎて何と思ってましたよ!」
俺は赤崎のやるゲームの画面を覗き込むが、画面を見てもゲームの内容がわからない。
赤崎を待っている間暇なため、俺は駄菓子屋に入って時間を潰すことにする。
平日の昼間。まだ子供もやってきていない時間。俺は低い扉を潜って中に入ると、中では小さな駄菓子が乱雑に置かれていた。
見る人によっては懐かしがるであろうもの。だが、俺は興味もないため適当に店内をふらふらと見回る。
店の奥にはレジの前でうとうとしているお婆さんが店番をしており、その背後にある閉まった襖の奥からはテレビの音が漏れてくる。
店内を見渡すと、壁に金色の槍が飾られていることに気がついた。
飾りにしてはよく磨かれている。
「ばぁさん、この槍触らせてもらって良いか?」
俺はうとうとしている婆さんに聞くが、婆さんは本当に寝てしまったのか返事がない。
「おーい、聞こえてるか?」
俺は婆さんに近づいて、目線の先で手を振ってみるが反応はない。本当に寝ているようだ。
「先輩、終わりましたよ〜」
そんなことをしている間に、赤崎がゲームを終えて店内に入ってきた。
「あー、寝ちゃってますね。起こすんですか?」
「……いや。無理に起こしたら悪いか……」
赤崎を待つ暇つぶしに少し気になっただけだ。無理に起こす必要はない。
「終わったなら行くぞ」
俺は赤崎を連れて店を出ようとする。しかし、扉に手をかけようとした時。俺が触れるより前に勢いよく扉が開かれた。
「おばーちゃん!! 店開くなら私がいる時にしてって言ってるよね!! 抜けると店長に迷惑かかるんだよ!!!!」
扉が開かれると、スーパーの制服を着た黒髪の女性が大声で怒鳴る。
俺と赤崎は突然のことに驚いて固まる。女性も俺たちに気づいて、大きく口を開けて固まっていた。
「…………」
「……あ、お客さん……」
「恥ずかしいところお見せしました……」
俺達はすぐに出て行こうとしたが、女性は俺たちを呼び止めた。
そして適当なお菓子を手に取って袋に詰める。
「はい。お婆ちゃん寝てて買えなかったでしょ」
女性は俺達がお菓子を買いに来たと勘違いしたらしい。ここで否定するわけにもいかず、お菓子を受け取ってお金を払おうとする。
だが、女性はお金を受け取らない。
「良いのよ。お婆ちゃんが迷惑かけたと思うし。サービスよ」
結局、お菓子を貰って俺達は駄菓子屋から出ようとする。
再び扉に手をかけようとした時。またしても扉が開いた。
「おーい! 来たぞー! …………あ」
それは写真で何度も見た顔。黒髪に電車で会った時とはコートの色が変わっていたが、その男はずっと追ってきた人物。
「つ、月兎ぃぃ!?」
「マジか、ここにいるのかよ……」
驚く俺達とは違い、月兎は気だるそうな表情だ。しかし、驚いている様子はなく、当然のことのように振る舞っていた。
月兎は俺達のことを知っているようで、駄菓子屋の娘に適当な挨拶をした後、俺と赤崎を連れて駄菓子屋を出た。
月兎の後をついて行き、俺達がたどり着いたのは近くにある人気のない神社。
月兎は階段に座り込む。
「いつかは来るとは思ってたが。今日だったか……」
月兎はそう呟いて遠くの空に浮かぶ雲を見つめる。
月兎が呟いた内容は、俺達が来ることについてだろう。追っていることを知られていたのか。
しかし、逃げる様子もない。
俺は月兎の正面に立つと懐から例の手紙を取り出した。
「この手紙について知っていることを話せ」
月兎はダルそうな顔で手紙を一度手に取り、
「俺だって全て知ってるわけじゃないぜ。それでも良いなら教えてやる」
手紙を一瞬見て確認してからすぐに返してきた。俺は月兎の問いに目線で答える。
すると、月兎は体は動かさずに、階段の端に手を伸ばす。そして端の方で行列を作る蟻を一匹摘み上げた。
「どこから話すべきか……。そうだな、お前、なぜ日本に来ることになったか、自分で知っているか?」
突然月兎は俺に質問してくる。
「……霊宮寺家俺の遠い血縁で、家庭的な問題を心配して引き取ってくれたんだ」
俺が答えると真っ先に月兎は否定する。
「違う」
「違う? どこがだ、この情報は裏もとってある」
「確かに家庭的な事情で引き取ったが。なぜ、霊宮寺家が孤立していたホワイト家の事情を知れる…………」
確かに俺を引き取ったホワイト家は、完全に外の世界と隔離していた。
あの家での地獄をどうやって日本にいる霊宮寺家が知ることができたのか。
その答えを月兎が語った。
「ある人物が情報を流したからだ……」
「ある人物……?」
月兎は摘んでいた蟻を行列の中に戻す。さっきまで月兎に摘まれていた蟻だが、何事もなかったかのように行列に紛れた。
「その人物はウルフ部隊隊長の女傭兵。お前達の状況を知り、イーギーを頼ることでホワイト家の状況を公表し、お前達を日本に送った」
「その傭兵は今どこに!!」
その傭兵が誰かは分からない。だが、俺たちを救ってくれたのは確かなことだ。月兎が居場所を知っているならお礼を言いたい。
しかし、月兎は首を振る。
「それはできない」
「お前なら知っているのだろ! 教えろ!」
俺が大声で攻めるが、月兎は静かに答えた。
「奴は死んだ。仲間の裏切りでな……」
「そうか、それは……すまなかった」
「……いや。あいつの意思を継ぐものはいる。それだけで十分だ」
月兎は立ち上がると階段を登り始めた。俺と赤崎はその後ろをついて歩く。
「あの手紙にあった別世界。その世界は俺の記憶にもない。おそらくは世界そのものが書き換わったからだ。だが、たった一人、その情報を持つ人物がいた」
「誰だそれは?」
「魔女と呼ばれる女だ……。女傭兵ともいつ仲良くなったのか、そこから傭兵も情報を手に入れたんだろう」
階段を登りきった月兎は鳥居の前で振り返り、俺たちの顔を見る。
「魔女から俺が貰った情報は、幽霊のいない世界の存在と、その原因となったある機械についてだ。そして今、俺はその機械の破片を回収している」
神社の奥から右髪が白く、左髪が黒い短髪の女性が姿を現した。
「月兎、そいつはがお前が言っていた助っ人か?」
女性はキリッとした目線で俺達のことを睨む。
「月兎、あの女は何者……」
俺が聞こうとすると、その前に月兎が説明を始めた。
「彼女のコードネームはジュピター。魔女と仲の良かった傭兵の娘だ。カルロス、そして圭司。もし、世界の真実を知りたいのなら、キセキを集めろ、それこそが世界の真実に繋がる答えになる」




