第22話 『再会? アゴの復讐』
霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?
著者:ピラフドリア
第22話
『再会? アゴの復讐』
レイ相談所。ある街の古びたビル三階。そこに彼女達がいた。
「おはよ〜ございます。レイさん」
パジャマを着たリエがうとうとしながらソファーで歯を磨いていた。
今日は事務所での寝泊まりではなく、実家に帰ってから仕事に来た。
基本的には事務所で暮らしているが、月に何度かそういう日を設けている。まぁ、親が寂しがるからという理由だが。
「……リエ、大丈夫?」
私はうとうとしてるリエの隣に座る。リエは寝ぼけているのか、何も答えない。リエは口を半開きにして歯を磨いているため、歯磨き粉が口から垂れてくる。
私は急いでティッシュを持ってきて、垂れないように拭く。
答えることができないリエに変わり、窓際で寝ていた黒猫が答えた。
「寝付けが良くなかったみたいだぞ。うなされてたし」
それを聞いて私はため息を吐くと。
「はぁ……。ほら、早く私に取り憑きなさい」
リエがうちで働いてから実家に帰ったのは初めてだ。
短い時間なら霊力のある物であれば、取り憑くことができるということを、この前知った。
そのため実家に帰ることをリエに伝えると、家族との時間に邪魔はできないとリエは夏目の家から回収してきた呪いのダンベルに取り憑くことにした。
しかし、呪いのダンベルに取り憑けたは良いが、昨日から体調がイマイチそうだったので、心配でいつもよりも早い時間に家を出て事務所に来た。
リエが私に触って取り憑くと、私の肩は水の入ったバケツを乗せられたかのように重くなる。
だが、私の負担とは逆にリエの顔色が良くなる。
「あー、落ち着きます……」
リエは私に寄りかかり眠ってしまった。
「ちょ、歯磨き途中でしょ!! ほらグチュグチュペッしてきなさい」
私は寝てしまったリエを起こして、台所の洗面所まで連れて行って口の中を濯がせた。
リエをソファーに寝かしつけて、私はその向かい側にあるパイプ椅子に座った。
「ねぇタカヒロさん。リエ、どうしちゃったの? やっぱりダンベルに取り憑いたから?」
黒猫は窓際からテーブルにジャンプして飛び移り、私と向かい合うと答えた。
「俺も詳しくないからわからないぞ。だが、原因はどう考えても」
黒猫は棚に置いてあるダンベルに目線を向ける。
「あれが原因だな」
取り憑くことができるのが分かったのは大きい。リエの行動範囲が広がるからだ。
しかし、リエの体調が悪くなるのなら、その原因を突き止めて、改善していかないと。
そうしないと私の肩がやられる。
依頼もないため、リエを寝ている間は起こさないように私と黒猫は静かに過ごす。
私は一ヶ月前に買って読むのを忘れていた本を読み、黒猫は台所の涼しげなところで寝ていた。
しばらくの時間が経ち、本の一章を読み終えたところでリエが目を覚ました。
「はぁあぁ〜、あ、レイさんおはようございます」
大きなあくびをしてソファーに座るリエ。いつものリエに戻った様子だ。
「リエ、もう体調は大丈夫なの?」
「え? 体調? なんのことですか?」
私の質問にリエは首を傾げる。
「いや、朝辛そうだったじゃない。だからすぐに私に取り憑かせたのよ」
「レイさんに……?」
リエは浮遊して私に近づくと、私の首元を触る。ひんやりした手が触れて、私は身体を震わせた。
「レイさんに取り憑いてますね。あれ? 私いつも間に……」
「本当に覚えてないの?」
「はい」
よっぽど重症だったらしい。
色々聞きたいこともあったが、それは後回しにして私は立ち上がると、リエを私が座っていた椅子に座らせる。
そして私は台所へと向かった。
「レイさん、どうしたんですか?」
「あんたのご飯を作るのよ。まだ食べてないんでしょ」
黒猫を退けて冷蔵庫に残っていたご飯で、炒飯を作る。
リエのご飯を済ませて、昼が近づいてきた頃。インターンが鳴った。
外は真夏の一番暑い時間。それに今日は今年一番の暑さになるでしょうと天気予報のお姉さんが言っていた。
そんな日に誰かが訪ねてきたようだ。
「すみませーん。依頼をしたいのですけど」
「はーい!!」
私が玄関に向かうと、リエもついてくる。
「あんたはついてこなくて良いんじゃないの?」
「どうせ見えないですし、良いじゃないですか。今日の依頼人がどんな人だか見るだけですよ」
リエは私の両肩に手を乗せて、おんぶされているような状態でぶら下がる。しかし、リエは自身の力で浮いているため、私には負担はない。
玄関の扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。
その女性の容姿を見て私とリエは時間が止まったように固まる。
「私、きっと幽霊に取り憑かれてるんです!! 助けてください、霊能力者さん!!」
その女性は必死な顔で私達に助けを求めてくる。
その女性の表情はまさにあの時見た顔。
「す、すみません。名前をお聞きして……良いですか?」
私は恐る恐る女性に名前を尋ねる。
「名前……ですか。私はアンドレア・アゴリン。アンドレア・ヒゲシゲの娘です」
玄関の前にいたのは、顎のながーーーーーーーい女性だった。
アゴリンさんを奥に通して、椅子に座ってもらう。
楓ちゃんは学校のため、私がお茶の支度をするために台所へと向かった。
台所で急須にお湯を流していると、リエが私の元へと飛んできた。
「レイさん、あの人とは知り合いなんですか?」
「知らないよ」
「じゃあ、なんであの時のアゴリンさんとそっくりなんですか!!」
前にリエがトランプで逆ピラミッドを作った時に、ピラミッドを壊してしまい言い訳のためにアゴリンを作った。
その時のアゴリンにこのアゴリンさんはそっくりなのだ。
「それは私が聞きたいくらいよ……。と、とにかく、あの時のことは忘れて、依頼に集中しましょう」
私はお茶のセットをお盆に乗せて、アゴリンさんの元へと向かう。
「お茶です。どうぞ」
「ありがとうございます」
私はお盆を置いてお茶を出す。お茶を出した私はアゴリンさんの向かいの席に座り、依頼のために早速質問をした。
「アゴリンさんってアゴからキャノン出るんですか?」
「………………顎……から…………キャノン」
私の質問にアゴリンさんは凍りつく。そして目から水滴が垂れると、長い顎を通過してテーブルに落ちた。
「あなたも私の顎を馬鹿にするんですか。やっぱり、私……私は!!」
アゴリンさんは号泣する。顎を滝のように涙が流れる。
「ごめんなさい!! そういうつもりじゃ、えっとその、あの、あー!!!! あれよね、依頼に来たのよね、どういった依頼なんですか?」
私は話題を逸らしてどうにか流れを変えようとする。話を変えたことでアゴリンさんは泣くのをやめて、ハンカチで涙を拭き取ると依頼の話を始めた。
「はい。私、きっと幽霊に取り憑かれてるんです」
「どういった幽霊だか分かりますか?」
「顎を長くする幽霊です」
「…………」
沈黙の時間が流れる。その沈黙が疑いに感じたのか、アゴリンさんの鼻はヒクヒクと揺れ、瞬きの回数が増える。このままではまた泣いてしまう。
私はアゴリンさんに両手を伸ばすと、
「ハッ!! ムシャッムジァーンガァァァァァァァ!!」
謎の呪文を唱えた。そして安心させるようにアゴリンさんに告げる。
「あー、確かに確かに取り憑いてます。うん、これはいけませんね。あー、この幽霊のせいです!!」
私の言葉にアゴリンさんの表情は少し明るくなった。
「本当ですか。やっぱり……」
安心した様子のアゴリンさん。しかし、私は逆に内心焦っていた。
その焦りを察したのか、リエが私に近づき小声で話しかけてくる。
「レイさん、あんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」
私は唇を青くして小声で答える。
「ねぇ、顎切り落としたら何年くらいの懲役になる?」
「早まらないでください!!」
リエの声で私は正気に戻る。しかし、顎が長いことを幽霊のせいにしてしまった。
これは除霊の成功は顎が短くなるということになっている。どうやってこの依頼を凌ぐか……。
何か方法はないかと考えていると、リエが耳元で私に伝えてくる。
「あの、レイさん。アゴリンさん、本当に幽霊に取り憑かれてますよ」
「え!? 顎を長くする!?」
「顎を長くする幽霊かは知りませんが。幽霊を引き剥がすことで状況を変えられるかもしれません」
幽霊が原因で顎が長くなっているのかはわからない。だが、幽霊を引き剥がすことで何か状況が変わるのなら、その可能性に賭けるしかない。
それにそれ以外に選択肢はない。
「分かった。リエ、任せられる?」
「はい!」
リエに幽霊を任せ、私はアゴリンの気を引くことにする。
「アゴリンさん。これから除霊を始めます。しかし、その前にいくつか質問があるんです。良いですね」
「はい」
「では最初の質問です。初めて取り憑かれたと思ったのはいつ頃ですか? 大体でいいので状況を教えてください」
私がアゴリンさんに質問を進める中、リエはアゴリンさんの背後に立つと背中に手を伸ばす。そしてアゴリンの身体をすり抜けて身体の中に手を入れると、中から幽霊を引っ張り出した。
アゴリンの背中から出てきた幽霊は男性の幽霊であり、僧侶の様な服装をしている。
私はアゴリンさんに質問をしながら、リエとその幽霊の会話に聞き耳を立てる。
「ぼ、僕に何か用で……すか」
「私リエといいます。あなたにはこの身体から出て行ってほしいです」
リエの話を聞くと、僧侶は泣きだす。
「僕は邪魔なんですか。いらない子なんですか。わーん!!」
「あ、いや、そういう意味じゃなくてですね……」
泣き出す僧侶に動揺するリエ。しかし、僧侶が泣き出すと、私とアゴリンさんの会話も怪しくなる。
「取り憑かれたのは彼氏と肝試しをした時ですか……。え、彼氏いるんですか!?」
「私にだっていますよ〜、私に彼氏がいちゃいけないんですかー、ひどいです」
「いや、そこまで言うつもりは……」
アゴリンさんと僧侶は同時に泣き出す。私達は誤ってどうにか泣き止んでもらったが、今回の依頼はかなり大変だ。
リエは僧侶に事情を説明する。
「あなたが取り憑いている方が迷惑しているんです。どこかへ行くか、あなたの成仏できない理由を教えてください、私に力になれることならやりますから!」
「ほ、本当ですか……」
目を赤くしている僧侶はリエに生前のことを伝える。
「僕、僧侶を目指していたんです。でも、僕の住んでいた村で伝染病が流行って……。みんな仏様に助けを求めてきたんです。でも、僕には何もできなくて…………」
思い出すのは生前の記憶。その中のどこかにこの僧侶の食いがあるはずだ。
「僧侶にはなることができたんですけど。僕の寺にいた先輩達は先に病で……。村人も村から出て行ったり、最終的には僕も…………」
話を聞いていたリエは頷く。
「確かに辛い時期はありましたね。医療もまだそこまででしたし…………。あなたの悔いは村を救えなかったこと、そういうことですか」
僧侶はまた泣き出す。それは悲しい涙ではない、幽霊になり長い間誰にも打ち明けることができなかった思い。
それを聞いてもらえたという気持ち。それで満たされたのだ。
僧侶の機嫌が良くなったことで、アゴリンさんの様子も良くなる。
「レイさん、まだ質問ありますか?」
「はい、次はですね……。今日の朝ごはんはなんでしたか?」
「それって除霊に関係あるんですか?」
「関係ありますよ! 食べたで幽霊にダメージを与えられるんです。例えば……塩分が多いものとか!!」
私が質問を繰り返す中、僧侶の話を聞き終えたリエは僧侶に当時住んでいた村の名前を聞く。
「村の名前ですか……。結和村と言います……。もう残ってないと思いますけど……」
村の名前を告げた僧侶。しかし、その僧侶の顔は暗くなる。村の名前を出したことで当時のことを思い出したのだろうか。
それにしても結和村とはどこかで聞いたことがある名前だ。最近、そう、本当にここ最近聞いたような……。
私は聞き耳を立てて、アゴリンさんへの質問の合間に考えていると、リエは
「結和村、私行きましたよ!!」
僧侶に伝える。それを聞き私も思い出す。
結和村。それは呪いのダンベルの所有者であった夏目さんに会いに行った時に行った村だ。
「村が残ってるんですか……」
「はい!! あの串焼き美味しかったですよ〜。後々大変でしたけど」
結和村での思い出を語るリエ。それを聞いた僧侶は安心した表情になる。
「そっか。残ってたんだ……。僕が村を離れた後、戻ってきて復興してくれたんだ」
僧侶の身体が光出す。その様子を見てリエがなぜか焦り出す。
「今からメモ用でレイさんに撮ってもらった写真を見せようと思ったんですけど……」
「話を聞けただけで僕は満足です。……僕が住んでた時も串焼きは村の名物だったんです。生まれ変わることがあれば、串焼きを一緒に食べに行きましょう」
光った僧侶はそのまま天へと登って消えて行った。
僧侶が消えると、アゴリンさんの様子が変わる。
「あれ、私なんで幽霊に取り憑かれたなんて思ってたんだろう」
さっきまで泣き虫だったアゴリンさん。しかし、
「顎が伸びてるのは幽霊仕業だと仰ってましたけど」
私が伝えるとアゴリンさんは笑って長い顎を自慢げに触る。
「なんでそんなこと思っちゃったんでしょうね。この顎は私の自慢の顎ですよ。この特徴があるからこそ、印象に残りやすくて人に忘れられないんですから!!」
泣き虫だった頃の面影はなく、笑顔の素敵な顎の長い女性になった。
何が起こったのか不思議でいた私だが、そんな私に説明をするためリエが私の耳元までやってきて伝える。
「きっとあの僧侶さんの力です。僧侶さんの影響でアゴリンさんにまで泣き虫が移ってたんですよ」
リエの言う通り、僧侶が離れてからアゴリンさんの様子は変わった。信じられないがその可能性が高いのだろう。
「アゴリンさん。あなたが幽霊に取り憑かれたとネガティブになっていたのは本当に取り憑かれていたからです。しかし、私がその幽霊に撃退しました」
「それで私はこの顎にコンプレックスを感じてたのね。私の大事な一部なのに」
さっきまで顎は敵だと言っていたはずが、今では宝物のように大事にしている。
アゴリンさんは立ち上がると、私達にお礼を伝える。
「ありがとうございます。もしこのままだったら、私の大事な顎を整形して無くしてしまうところでした。……それでお代の方は」
心配そうに聞いてくるアゴリンさん。私はそんなアゴリンさんに電卓で打ち込んだ値段を見せる。
その値段を見たアゴリンさんは驚く。
「たったこれだけで良いんですか!?」
「はい! それだけです」
財布を取り出したアゴリンさんは私の提示した金額を払った後、一枚の紙を取り出して私に渡してきた。
「私の仕事場のクーポンです。良かったら使ってください」
クーポンを渡してアゴリンさんは事務所を出て行った。
アゴリンさんが帰り、事務所に静けさが戻る。アゴリンさんを見送った私は、身体を伸ばしながら時計を確認した。
「はぁ〜、ちょっと遅くなったけど。お昼ご飯にしよっか」
「お昼ご飯なんですか?」
「……炒飯?」
「またですか!? 違うもの作ってくださいよー!!」




