序章 魔女との出会い
―――コツ、コツ、コツ、コツ
「…あの、誰かいませんか…?」
――――――コツ
輪楽はとある屋敷に迷い込んでいた
電気はなく、その代わり蝋燭が壁に等間隔に並んでいる
景色は変わらず、外部と連絡を取ろうとしても、スマホが圏外になってしまうのだ
底冷えするような不安を抱き、屋敷をさまよっていると
――――微かに、前方に光がみえた
「……………!」
輪楽は出口を見つけたという興奮のままに、光の方へ走っていった
この希望を手放してはなるまいと、懸命に走った
「…はぁ、……っ…はぁ……っ……」
走るに連れて、光は強くなっていく
そして
「――――――」
―――――体が光に包まれた
しかし、輪楽が目にしたのは出口でも何でもなく――――
「――――――ようこそ、魔法世界へ!」
一人の、赤髪をたなびかせた少女だった――――――
◇
俺の名前は、天音輪楽。桜鹿学園に通う高校2年生だ。紫髪で身長は172cmある
「おい輪楽、早く学食行こうぜ」
いつものように、学食に俺を誘ってくるのは、伊吹一、幼稚園からの幼馴染だ。
昔はよくしょうもないことで喧嘩ばかりしていたが、今では唯一無二と呼べる親友である
「今日の学食に桜ちゃんジャンボパフェがでるんだよ!一年に一度出るか出ないかと言われている伝説のメニューだぜ、だから絶対ゲットしないとな!」
「ははっ、相変わらず甘党だな」
だがまあ、俺も甘党だし、伝説級メニューともなれば興味があるのだ
そういうとこも、結構好みが合って、今でも仲良くやれているんだと思う
ということで学食に向かう訳だが………
「きゃーーっ!天音先輩と伊吹先輩だわ!」「今日も神々しい………」
などと、廊下を歩けば女子の注目の的なのだ
「まったく、一は今日も凄い人気だな」
一も身長は170cm後半あり、ルックスも申し分ないのだが……
「まったくだ」
ほんとに人気なのは、輪楽の方であった
(まあ、こいつが鈍感なのは今に始まったことじゃないが……)
輪楽は鈍感なのである
そのため、悪びれもなく微笑んで手を振ると――――
「「きゃーーーーーーーーっ!!!」」
と、女子から絶叫があがるのだ
今日もいつも通りの日常である
◇
しかし、そんな日常も当然と終わりを告げてしまうものだ
今日も学校が終わり、輪楽は一と一緒に帰っていた
「はぁ、やっと今週も終わったなー」
「ん、だな」
二人は同じバスケ部に入っているため、帰りも一緒なのだ
「それにしても、ジャンボパフェ無事ゲットできてよかったな!」
一が嬉しげに頬を緩める
「ああ、美味しかった。そういえば、俺らの他にもゲットしてる奴がいたが、3年生に食われてたぜ……?」
輪楽も頬を緩めたが、何処か引き攣ったような顔になっていた
「……まじかよ、俺食べるのに夢中で全然わからなかった………」
「だろうな、口にいっぱいクリームつけてたぜ。写真撮っても気が付かなかったし」
輪楽が茶化すように言う
するとすかさず、
「……っ?!聞いてねぇよ、今すぐ消せ!」
頬を赤らめて一が言う
「嫌だね、お前だって俺の変な写真持ってるだろ?」
輪楽が悪戯っぽく言う
その姿は何処か憎めず、お茶目な一面も持っているのだ
「ったく、ちゃんと消しとけよな」
一は諦めたように言った
それからも暫く話し込んでいた
「土日は久しぶりに部活ないし、ゲームのレベル上げかな」
一は超がつくほどのゲームオタクで、部活のない休日には、いつもオールしているのだ
「あー、もうすぐ新シーズン来るしな。でも考査近いし、俺は勉強しないとなやばそう……」
「ふ、お前勉強は駄目だもんな」
輪楽はあまり勉強が得意ではなかった。しかし、一がいつも教えてくれたため、赤点を難無く回避することができたのだ
「ちぇー、運動は得意なのに……」
「運動神経と顔だけよくても駄目だろうよ」
「ふん」
そして、家へ帰る途中で別れた
輪楽は、親が田舎の叔母の家に世話をしに行っているため、一人暮らしであった
いつも通り、少し外れた道に入っていくと、何やら見慣れない建物があった
「………………?」
輪楽がいつも通ってる道なので、あきらかに不自然であった
家のようにも見えるが、玄関までには15段ほどある階段が架かっており、黒をベースとした3階ほどの建物である
それは何処となく屋敷のようにみえた
「……なんだろな」
しばらく見入っていると、突然、家の扉まで導かれるように、白い光のようなものが伸びた
「!!……よしっ!」
人一倍好奇心があった輪楽は、不安ながらも、覚悟を決めて導かれるままに扉へと歩いていった
◇
というのがここまでの下りである
「――――――ようこそ、魔法世界へ!」
優雅に椅子に腰掛けた少女は元気よく告げる
屋敷に迷い込んでしまった輪楽にとって、誰かと接触できたのはひとまず安心できる状況であった
しかし、普通ではないことが起こっているのは、輪楽にも容易に理解ができたのだ
輪楽が今居るのは、明らかに異質な空間であった。先程彷徨っていた道中と同じく、壁には蝋燭がかかっている。照明はなく、蝋燭のシャンデリアと、窓から差し込む月の光で部屋が不気味に照らされているのだ
少女は椅子に腰掛け、優雅にティーカップを啜っている
壁にはめ込まれた奇妙な水槽と、その中を泳いでいる魚、現実離れしたものばかりがそこにはあった
輪楽が戸惑っていると、少女は言葉を続けた
「はじめまして、妾はリヴェール。暗黒城《幻影》を統べるものじゃ」
「――――――」
年は16、17といったところだろうか。嬉しげに細められた双眸は、髪と同じ、赤で染まっていて、黒をベースとしたドレスに身を包み、魔女を象徴するような帽子を被っていた。髪は腰にかかるほどあり、余計に魔女を思わせたのだ
輪楽の過ごしていた世界では、到底見ることのできない、超美形の少女だった
「………なにを黙っておる。お主も名乗らぬか」
そして、ようやく自分が問われていることに気がついた
「あ、えと、天音輪楽だ」
「ふむ、聞かぬ名じゃな。だか良い名だ。―――――リンラク、改めてようこそ、魔王のひとりとして主を歓迎するぞ」
リヴェールは満足気に頷いてみせた
しかし輪楽は、混乱するほかなかったのだ
「あのっ、俺此処に迷い込んで、何がなんだかさっぱりなんだ……」
(まあ、此処に来たのは俺の意志なんだが)
何処か隠すように輪楽が言う
その言葉にリヴェールは頷いた
「ふむ、それもそうじゃろうな。ならば実際に、外を見てみるのがいいだろう。生憎、この城の中じゃいまいちわからんじゃろうからな。まあ詳しい話は後じゃ」
そういって、リヴェールは立ち上がり、輪楽の前まで歩み寄った
すると瞬間、地面に3mほどの魔法陣が出現し、紫色に光出した
それに答えるようにして、先程同様、体が光に包まれたのだ
輪楽は眩しさのあまり目を瞑る
「――――――――――――」
「―――――ぃ、、おい!そろそろ目を開けぬか」
「―――――――はっ」
目を開けたときには、もといた不気味な部屋ではなく―――――
「ここは―――」
「この城の最上階、《幻影のテラス》じゃ。どうだ、素晴らしい眺めであろう?」
最上階から見えるのは、輪楽がさっきまでいたであろう広大な城と――――
反射した月が浮かび、辺り一面を覆うような水であった
空が暗いため、月がきらきらと水を飾り、なんとも幻想的な風景であった
リヴェールは悪戯っぽく不敵に微笑んだ
月に照らされたその顔は、何処となく女神を思わたのだ
「この世界は魔法世界、お主の世界の意思が反映された、もう一つの世界じゃ!」
―――――――この出会いが、後の輪楽の人生を大きく変えることになる