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9 フィオナ・フロストの癇癪


「おい! 遅いぞ!」

 フランキーがこういってロイドの遅刻を責めたとき、ロイドはおもむろに腰をおろして、シャンパンのタンブラーを取った。

「待たせるだけの価値があることをしてたんだ」

 ロイドは、昼にフランキーと別れてからのことを話した。ヘンリー・ヘンダーソン邸で見聞きしたこと、ヨル・ブライアとの再会、彼女の車を追ったこと、そして、リージェント街で待ち伏せして彼女を迎えようとすると、いつの間にか車上の人物が変わっていたこと。

「本当に不思議だ。車は確かに見覚えがあるにもかかわらず、いつの間にか入れ替わっていた。黒いヴェールの女性は、リージェント・サーカスで警官に連れていかれたのだから、中にはヨル・ブライアしかいないはずなんだ。入れ替わるとしたら、パークレーンでまかれたあとに違いない」

「いや、違うね。リージェント・サーカスではもう変わってただろうね」

「お前は何を……。……まさか、ヨル・ブライアが黒いヴェールをかぶって、警察に連行されたとでも?」

「少なくとも、俺の考えではね」フランキーは得意げだ。「で、聞いておきたいんだが、その車に乗っていたのは、きっと女優のフィオナ・フロストだろ?」

 ロイドは驚いて、飲みかけていたシャンパンをこぼした。

「まさか俺をつけてたのか……?」

「そんな趣味はない! 推理が冴え渡ってるだけさ」

「なんかむかつくな」

「となると、リージェント・サーカスで警官に連れ去られたのがヨル・ブライアで間違いない。二人はそれまでの間に社内で服装を取り替えたのさ。警官はヨル・ブライアをフィオナ・フロストだと思って拘引したに違いない」

「確かに、ヨル・ブライアは女優と比べても遜色ないほど美人だ。……しかし、どうして車内にいたのがフィオナ・フロストだとお前にわかった?」

「お前みたいなお硬い記事しか書かないやつは知らないだろうが、フィオナ・フロストはああ見えて賭け狂いでね。かなりの額の借金があったらしい。そうして取り立てられた品物が、競りに出されたんだ」

 こういって、フランキーは語り始めた。


 そう、お前が〈バベルの箱〉を落とした競り場だ。

 俺もあの後いってみたんだが、ついた頃にはすっかりケリがついてた。債権者が集まって計算をやってた。だが、知り合いの男がいたから、詳しく事情を知ることができた。

 競りの途中で、フィオナ・フロストがやってきたらしい。で、

「この競りは不当だ!」とかなんとか叫んだらしい。

 時系列でいうと、お前が〈バベルの箱〉を落としたよりも後だな。

 まあ、フィオナがなんといっても、競売人も困っちまう。もう何度も債務者のフィオナには通知しているし、猶予期間が過ぎたものが競りに出されるのは法律で決まってる。そうなったらもう、債務者が競りの一〇〇〇倍の金を積んだって、もう物品は自由には動かせない。

「それでは、ある品物だけ売って欲しい」と、フィオナはいう。

 が、競売人は「欲しい物があるのなら、競りで一番高い値段で落とせば良い。落とせないこともあるかもしれないが、それが競りのルールだ」という。

 で、フィオナは仕方なく、品物が出るのを待った。

 しばらくして、フィオナは俺の知り合いに聞いたらしい。俺の知り合いが競りのカタログを持ってたからだろうな。

「銀の提げ網に入っている、彫刻の入った箱はいつごろ出る?」って。

 いつ頃出るも何も、〈バベルの箱〉はお前が落とした後だ。俺の知り合いの男はそのことを伝えた。フィオナが顔を青くしたり赤くしたりするもんだから、俺の知り合いの男は、きっと箱の中にフィオナが秘密のラブレターでも入れていただろうと思ったらしい。あの開かなかった引き出しが、もしかしたらそうかもしれないぜ?

 フィオナは、しばらくため息をついたあと、

「アカシア製の文箱は?」と聞いたそうだ。


「ちょっとまってくれ。アカシアの文箱は、ヨル・ブライアが持っていた」

 ロイドの問に対して、フランキーが続ける。


 それがヨル・ブライアかどうかは、俺にはわからない。

 ただ、俺の知り合いの男が言うには、ひどく美しい女性に、フィオナがしがみつくように交渉をしていたのは見たらしい。

 しばらくするとフィオナは美人からきびすを返して、憤然と電話室に入っていく。出てくると、俺の知り合いの男に踏み寄って、

「文机は出たか」と聞く。

 文机はまだ競りの台上に残ってた。それを見ると再び、フィオナは電話室にいったか、すぐに出てきた。

 そうして、フィオナは文机の競りが始まる順番を待った。けれど、その順番が来ないうちに競りは終わってしまった。

 いつのまにか目的の文机は引き込まれていた。俺の知り合いも、フィオナも、競りは明日に続くのだろうと考えた。

「明日は何時に始まりますか」って、係の者に知り合いは聞いたんだ。

 そうすると、「明日はありません」と返答があった。

 これを聞いたフィオナは、また叫びだしたんだ。

「私の、フィオナ・フロストの残りの品物は、いつまた競売にだされる!?」ってね。

 ところでお前は、フロイトの『ヒステリー研究』は読んだことはあるかい? まさにその症例の一つさ。

「まだ文机が残ってる! あれはどうした!」と声を荒らげるけれども、係の者は事実を伝えることだけしかできない。

「あれはもう買い手が決まっています」

「買い手? 冗談ではない。競売の品物を競りもしないで買おうとする大馬鹿者がどこにいる!」

 俺の知り合いも、これには苦笑したそうだ。さっき自分がしようとしてたことだってのにって。傑作だろ? まあ、実際にはきちんと競りで、五〇〇ポンドで落札されたらしい。


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