7 スフィンクスの鍵の謎
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名だたる政治家・実業家の邸宅は、おもにハイドバーグを中心として軒を並べていて、ボンド通りに渡っていた。ロンドン上流社会の本陣とうたわれる、貴族や金持ちの巣である。
秘密結社の首領と目されるヘンリー・ヘンダーソンの屋敷も、ロンドン銀行頭取の大豪邸の隣にさえなければ、目をみはるものだっただろう。
門の前には、すでに何台かの自動車が並んでいた。しかしロイドは順番など構わずに中に入り、執事に名刺を渡し取次を願った。この臆面のなさが訪問記者の秘訣である。そして、幾度かおとずれて見知ったこの屋敷の待合室に、ノックもせずに入り込んだ。
すでに一人先客がいた。
どこかで見知った顔だった。
先客は小さな叫び声を挙げ、卓上においてあった古本を閉じた。布張りの大型のもので、かなり手擦れている。その背表紙を、先客はロイドとは反対の方に向けた。書物の題名を読ませたくないのだろう。ロイドはそれを不快に感じた。書物の間には何物かが挟み込まれているらしく見えた。
「マードック・スワンさん、どうぞ」
そう使用人に呼ばれ、スワンと呼ばれた先客は、書物を取って立ち上がった。
その拍子に、書物の間からなにかが滑り落ち、硬い音を立ててロイドの目の前に落ちてきた。と同時に、スワンの手が伸びてきて、ひったくるようにそれをポケットに放り込んだ。が、ロイドはそれを見逃さなかった。いや、視界に入ったそれに驚かされ、目に焼き付いてしまった。
鍵だ。
薙刀型の鍵。
柄にはスフィンクスの紋章。
「そちらの方はしばらくお待ちを願います」
使用人はそういって、扉を閉めていった。
ロイドの脳裏に浮かんだのは、同じような鍵を一本、ヨル・ブライアに与えたことだった。もしかするとあの鍵は、ヨルに渡したものなのではないか。
それにしても、マードック・スワンという男が、あの鍵を隠すような挙動に出ていたことは怪しい。
「どうぞ、お通りください」
屋敷の主人の書斎に通されたときには、スワンの姿はもうなかった。
どこから帰ったかという疑問は浮かんだ。
しかし、目の前にあったタペストリーの図面に再び驚かされ、それどころではなかった。
「そ、その絵はなんです」
ロイドがヨル・ブライアに与えた鍵、マードック・スワンが隠した鍵が、そこに大きく描かれていた。
「これは、スフィンクスの謎です」と、ヘンリー・ヘンダーソンは平然として答えた。
「聞かせていただけませんか、それについてあなたが知っていらっしゃることを」
「面白いことをおっしゃる。私は謎だといったばかりですよ。謎について知っていることがあるならば、それはもう謎ではありませぬな」
「質問を変えましょう。あなたは、絵だけではなく、実物の鍵を持っていらしゃいますか?」
「ああ、持っているとも。私はいま、こうした鍵を一〇〇ポンドで買い集めてるのだ。君もなにか心当たりがあるかね」
心当たりどころではない。ロイドは二四本の鍵を持っている。ロイドは二四〇〇ポンドの大金を手にしているのと同じなのだ。
「いえ、変わった鍵だと思ったのでついうかがっただけです……」
ガーデン侯爵夫人は〈バベルの箱〉の提げ網を探しており、ヘンリー・ヘンダーソンは〈バベルの箱〉の付属物であるスフィンクスの鍵を探している。ロイドは、まだことを明かすのは早いと思った。