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6 ヘンリー・ヘンダーソン邸へ

「おい、危なかったじゃないか」

「俺としたことがうっかりしてたぜ! 黄金の提げ網とは別件で、侯爵夫人は、〈バベルの箱〉について気をつけて欲しい男がいるとはいってたんだ。まさか旦那の侯爵がその気をつけなきゃいけない男だったとはなあ」

「俺が来る前に、どんな話をしてたんだ」

「黄金の提げ網を狙っている奴らがわんさかいるって。そいつらの手に渡れば、大英帝国の一大事になるんだとさ」

「それはおかしい。先程の侯爵夫人は、〈バベルの箱〉は侯爵家の正統後継者を捜索するいとぐちにすぎないとおっしゃっていたはずだ」

「だろ? その点の誤解から、俺もちょっと口がすべっちゃってさ」

「侯爵夫人が解決しようとしている問題は二つあるというわけか。一つは、〈バベルの箱〉をいとぐちに解決しようとしている、後継者問題。もう一つは黄金の提げ網が引き起こす国家の問題。……なぜ、すべてを侯爵に隠しごとにしようとするのだ? 特に、提げ網を侯爵夫人が探していることは、懸賞広告まで出されている。周知の事実だ。なぜ侯爵に秘密なんだ?」

「それは侯爵の人間性でわかるだろ。お前、あの目を見たか? 化け物の目だ。侯爵夫人は一緒に暮らしてんだ。あいつが化け物なのを誰よりもわかってんだ。侯爵夫人が正統後継者に家を譲ろうと思っても、侯爵が猛反対するだろうね。黄金の提げ網も、侯爵が知ったら何か悪さをするんだろう」

「提げ網で何の悪さができるのか、俺にはわからない」

「俺にもわかんねえよ。でも、侯爵夫人は、大英帝国の一大事になるっていってたんだ。国家の重大問題になるってものが、悪用されなかったためしはないぜ」

「夫人は、黄金の提げ網がどんなものかを知っているということになるよな」

「ああ、多分な。俺の方でも、いろいろ調べてみている。それについて話したいことがある。ちょっと準備に時間をくれないか」

 二人は、晩の八時に、ある行きつけの料理店で落ち合う約束をして、別れた。

 ロイドは、それまでの間に、新聞社の仕事を済ませることにした。ある貴族院議員に、ポーランド情勢について意見を尋ねる仕事だ。


 しばらく前から、ポーランドではユダヤ民族自決主義が熱を帯びていた。その折に、一九〇五年のユダヤ人虐殺事件が起き、これが導火線となって、次々に問題が爆ぜる。ロシア領内における革命党員による反乱運動、ユダヤ民族秘密結社の正義の叫び、惨憺たるポーランド暴動。このポーランド暴動事件によって最も手を焼いたのはロシアとドイツだった。

 当時ロシアは、日本と矛を交えていた。その勢いが余り、過剰な人員・資源を投入し、わずかな期間で跡形もなくこの問題を消し去った。ベルギーやブリュッセルの情報機関までも巻き込み、かなり強引に、ポーランドにあるユダヤ民族秘密結社を根絶やしにしたらしいのだ。

 ドイツはもちろん、この傾向に大きな不審を抱いた。そのため密偵を放ったのだが、欧州一と言われるドイツ情報局も、ロシアのこの間の振る舞いの一部始終の情報を明らかにするまでに、日露戦争の終わりまでの時間をかけることになった。

 その報告書が存在したことは、確からしい。だがその内容については、ドイツ・ロシア二国間の情報戦の結果、雲散霧消してしまった。

 ある筋によると、ポーランドでは根絶やしにされた秘密結社のイギリスでの頭目が、これからロイドが取材に向かう、ヘンリー・ヘンダーソンであったらしい。ヘンリー・ヘンダーソンの名は、イギリスにおける一種の潜勢力として注意されるようになった。

 そうして、なにごとかポーランドに事件が勃発するたびに、ロンドン中の新聞記者が、ヘンリー・ヘンダーソンから意見を尋ねることが、いつからともなく決まりごとになった。

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