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5 鋭い目の侯爵

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「〈バベルの箱〉の彫刻について聞かせてもらえますか」

 侯爵夫人は突然に話題を変えた。廊下の足音の主に、事件の話を聞かせたくないのだろうとロイドは悟った。

 フランキーは、自分の得意分野に話題が移ったので、意気揚々と口を開いた。

「とにかく、珍しい彫刻ですね。六つのモチーフがてんでバラバラなんです。蓋には天を突くバベルの塔が彫られているのはご存知ですね。側面にはそれぞれ、エジプトの太陽神、インドのブッダの座像、イエス・キリスト復活の図と、四つめの側面には、ウトゥやシャマシュと呼ばれるバビロニアの太陽神が彫られています。箱の底に彫刻された同心円は、ギリシア神話の英雄アキレウスがヘクトールと戦う時に使った盾ですね。神話の万国博覧会ですよ」

 ロイドが悟った夫人の意図をわかっている様子はなく、自分の知識をひけらかしたがっているだけに見えた。しかし、一見しただけの〈バベルの箱〉について、これだけ詳細に語れるのは、流石である。

「そうそう、日記にもそう書いてありました」と、侯爵夫人。

 つまり、フランキーの目は正しかったということだ。

 こう話が進んでいたとき、一旦は消えていた靴の音が再び聞こえだして、応接間の入り口の扉が静かに開いた。

「侯爵だ」

 フランキーはロイドに囁いたが、ロイドはすでに侯爵の容姿を見知っていた。四〇歳程度の立派な服装をした紳士なのだが、赤ら顔で、頭髪も赤く、どこか下卑ているところがある。そのくせ、目はきらきらと鋭い。

 侯爵は愛想のある声を装い「やあ、いらっしゃい、いらっしゃい」といって手を差し出した。ロイドとフランキーは代わる代わる握手した。

「どうです、何かわかりましたが、提げ網の件は?」

「は、やっと、いとぐちだけ」と、緊張した様子のフランキー。

「ほう、早いもんですな。どういう経過です」

 このとき侯爵夫人は、しきりにフランキーに目配せして、語らせまいとする様子だった。しかし、フランキーは、ロイドが競売で〈バベルの箱〉を手に入れたことを述べてしまった。たしかに、〈バベルの箱〉については別に口止めもされていなかったが……。

「それからすぐに渡しは競り場に、」

「お、お茶がぬるくなってしまいましたわね!」

 侯爵夫人が突然に立ち上がって、一生懸命に話を妨げようとした。そしてロイドに目配せすると、「あっ」と叫びながら、ソファに倒れた。

 案の定、フランキーも侯爵も話を止めて、侯爵夫人のそばに走った。

 侯爵はすぐに侯爵夫人を抱え起こした。この間に、ロイドはフランキーに、〈バベルの箱〉の話は秘密にするように注意した。フランキーは、はっと何事かに思い当たったと見えて、ロイドにうなずいてみせた。

「ふらふらとして、私、どうしたのでございましょう。もう大丈夫です。お話ください」

 侯爵夫人はこういって、無理に侯爵の手から離れようとした。二人の間には、心の隔たりがあるらしい。侯爵は、静かに侯爵夫人のもとを離れた。

「さ、伺いましょう、先程のつづきを」

 侯爵が熱心にフランキーを促したとき、ロイドはほとんど睨むような目をフランキーに送った。フランキーは、侯爵から死角になっているほうの目で、ウインクを返す。

「いや、競り場の調査は、何の成果も得られませんでした」

「しかし、誰が出した競売だったかは、おわかりでしょう?」

「それがはっきりしないんですよ。その日に競りはロンドン中で一七箇所もあったもので」

 フランキーがうまく回避してくれて、ロイドは嬉しくなった。

「フォージャーさん」と、侯爵はロイドを呼び、「あなたはどこの競売場で〈バベルの箱〉を手に入れたのでしょうか」

 突然に自分に矛先が向き、ロイドは焦った。

「その……酔っ払っていて。冷やかしに野次ったら落札してしまったことはフランキーからお聞かせしましたね。酔っていないとそんなことはできません。昨日はあっちで飲み、こっちで飲み、大変酔っていました。今も思い出せなくて、困っていたところです」

 侯爵は胡散臭そうにロイドを見つめた。侯爵夫人の面持ちからは、かかっていた黒い影が消えて、晴れ晴れとした様子に変わった。

「ロイドくん。侯爵夫人はお加減がお悪いようだ。また日を改めることにしないかい」

 フランキーはこういって、目で賛成しろと合図した。ロイドももちろんそのつもりでいた。

「では、またお伺いいたしましょう」

 こういって二人が挨拶したとき、侯爵は鋭い目で、侯爵夫人は感謝の目で、二人を見送った。


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