10 発起
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「競売場で何があったかはわかった。しかし、なぜ女優のフィオナ・フロストが警官に追われるんだ?」
フランキーが話し終わると、ロイドは早速、尋ねた。
「女優は見栄を張らなきゃならん商売だ。それが借金の形に私財を競売に出されたんだ、何か後ろ暗いことはあろうさ」
二人は、食事にはもう満足していた。しかし話し足りないので、レストランの中庭に出た。小テーブルに寄って、ギリシャコーヒーと葉巻を注文した。
「フィオナとヨルの関係はどういったものなのだろう」ロイドは疑問を挙げた。「癇癪持ちのフィオナと、礼儀正しいヨルとが、どういうことで結びついたのか不思議で黙らない。たしかに、〈バベルの箱〉やスフィンクスの鍵に、似た目的を持ってるらしいのは確かなんだが」
「その目的をはっきりさせなくちゃあならないね。ガーデン侯爵夫人がいう、大英帝国の一大事のためにもな。……で、〈バベルの箱〉と銀の提げ網はもってきたか?」
「いや、タクシーであとをつけたせいで、取りに帰る時間がなかった」
「おいおい! 今夜、博物館の館長の意見を聞こうと思ってたのにさ! 館長は、考古学者・紋章学者なんだぜ」
「すまない。明日から、フランキーから持っていってもらえないか」
「じゃあ、とにかく、話だけつけておこう。館長はもうすぐ来るはずだ」
「アポまでとってたのか」
「いや、館長は毎晩、ワインを飲みに来るってだけだ。ピカデリー・サーカスの方に行くこともあるが、今日はこっちのほうに美術家の集まりがあって、館長も出席したはずだ」
ロイドとフランキーはそれから、煙を喫しながら、博物館館長が来るのを待った。
ちょうど一〇時の鐘が鳴ったとき、
「来た来た!」
フランキーが指をさしたので、ロイドもそちらを見た。
「え、マードック・スワン!?」
「なんだ、ロイド、知り合いか?」
「いや……あれがロンドン博物館館長で間違いないか?」
「そうだ、マードック・スワン博士だ」
「待ってくれ、話すことがある」
飛び出そうとするフランキーを、どうにかロイドは引き止めた。
「ヘンリー・ヘンダーソンの屋敷で、スフィンクスの鍵を落とした男がいたと話したはずだ。あの男が、それだ」
「スフィンクスの鍵を一〇〇ポンドで売りにきたっていう?」
「そうだ。しかし、あの男にそれほど地位があるなら、売りにきたのではなく、何か理由があるのかもしれない」
「本当に同一人物か? もう一度よく見てくれ」
「俺はあの男の様子を待合室で観察した。だからひと目でわかった。あの白髪混じりの髪、あの疑い深そうな目、間違いない」
「なるほどな。とすると、お前が持ってる物について、絶対に一言も話すなよ。むしろ俺たちが、館長を調べ上げなきゃならん。ヘンリー・ヘンダーソンが鍵について知っていることも、マードック・スワンからの受け売りかもなあ」
「やれやれ、競売場を冷やかしたおかげで、とてつもない迷宮に入り込んだらしい。第一、スワンやヘンダーソンには情報があるのに、俺たちにはそれが欠けている」
「弱音を吐くなよ。マードック・スワンがだめなら、別をあたろう。同じくらい知識がある人格者にあてがある。ガーデン侯爵夫人もあてになるだろう。それに、ヨル・ブライアもフィオナ・フロストも、敵だと決まってないだろう?」
ヨル・ブライアの名前を聞くと、なぜだろう、何か目に見えない勇気を奮い起こされるような気がした。
ロイドとフランキーは分担を決めた。フランキーはマードック・スワンとフィオナ・フロスト、ロイドはヘンリー・ヘンダーソンについて情報収集にあたることにした。