第10話
そして、週末、私はいつものように拓郎くんの家を訪問した。
「志野さん、友達と温泉なんです」
「知ってる」
拓郎くんは私を迎え入れてから、すぐに台所へ入っていった。コーヒーを淹れて、リビングに入ってくる。
コーヒーカップをテーブルの置きながら、拓郎くんがこっちを見た。いつもよりずっと強い光を目が放っている。
「来てくれたってことはOKなんですよね?」
拓郎くんはいつもと雰囲気が少し違っていた。
こいつも男なんだな。
でも、性欲を濃くまとった拓郎くんも嫌いじゃないと思った。
「うん、まあ」
やっぱりいろいろと我慢させてたんだなと思うと、少し申し訳なくなる。
年上なのに、今回はリードされてばかりだ。それが心地いいことに、少し甘えすぎていた。
ひと回りも下のイケメンに好意をもたれるという事件に、どこか酔っていたのかもしれない。
「僕のこと、いろいろ聞いてますよね? 志野さんから」
「うん」
隠しても仕方ない。
「どう思いました?」
「え?」
「僕のこと嫌だなって思ったり、嫌いになったりする話とか、ありませんでしたか?」
「それは別に、ないよ」
「良かった」
拓郎くんが小さく笑ってコーヒーに口をつける。つられるようにコーヒーに口をつけた。
いつもより味が濃い気がした。
拓郎くんもやっぱり緊張しているのかもしれない。
「俺のことはどう思う? 改めてなんだけど、いい年して派遣なんかやってるおっさん、嫌じゃないの?」
「そんなことないです。それはないです」
「そう・・・」
「前みたいな仕事に戻りたいって思わないんですか?」
「全く」
本心だった。
「いまのゆるい生活がすごく楽しい。生活を、時間を楽しめてる感じがする」
「だったらいいんじゃないですか。誰に気兼ねすることもない」
「そうだね」
志野さんの話によれば、拓郎くんの実家はかなりお金にあふれた家らしい。
拓郎くんもきっと一生お金に困ることはないだろう。
そんなふうに少し浮世離れしたところがあるから、四十半ばの男が派遣でその日暮らしのように生きてることも許せるのかもしれない。
豊かさは寛容であり、大きくて、広がっていくものだ。
拓郎くんはまさにそんな感じ。だから、惹かれた。
初めての同性の恋人を目の前に、胸のドキドキが止まらない。
私はテーブルに置かれた、拓郎くんの大きくていい具合に美しく節くれだった手をとった。指がすごく長い。
この手に触れていたいし、触れてもらいたいと思った。拓郎くんが口を開く。
「迷惑じゃありませんか?」
「まさか」
「不快じゃ?」
「今さら?」
小さく笑って拓郎くんを見る。拓郎くんの目が濡れていた。目が濡れるなんて、初めて知った。この年になっても新たな発見はまだまだある。
「じゃあ、いいですか?」
「え? じゃあって・・・」
「いきますよ」
拓郎くんが立ち上がり、こちらへ寄ってくる。私も立ち上がり、彼を迎えにいった。
ふわりと大事に扱われ、抱きしめられる。
初めて知る同性の体は思ったよりもずっと柔らかく繊細で、でも、突けば返す力は女の体よりもやはりずっと強かった。
そんなことを思いながら、硬直してしまった。
「大丈夫ですか?」
「え、あっと、ええ・・・ごめん」
そう言いながらも、体は動かない。
拓郎くんが体を離そうとする。
「え、いや、違う」
必死に離れそうになる大きな体を引き寄せた。
拓郎くんの香りに包まれる。少しだけ、海のような香りがして、ああ、好きだわ、この匂いと思う。
拓郎くんは私の顔を覗き込むようにして、短いキスをした。
再び硬直してしまう。
そんな私の様子を確認して、拓郎くんは苦笑いした。
「拒絶されなかったことがうれしくて、つい調子にのっちゃいました。すみません」
「そんな、全然」
まさかこんなジゴロと処女のまぐわいのような展開になるなんて。
このままじゃいかんと思い、拓郎くんの体をぐいっと強く抱き寄せる。そのままぎゅっと苦しいほどに抱きしめた。
拓郎くんはちょっと苦しそうに顔をゆがめた後、笑って、もう一度唇を寄せてきた。
今度はこちらもそれに応えるべく、一歩を踏み出して、二度目のキスをした。