4.記憶の違い
「ばあ」
高木先生と別れた後、学校の門を出てすぐ近くにある電柱の後ろから言羽が満面の笑みでぴょこっと跳ねて出てきた。
「お前待ってたのか」
「本当は景に待っていてもらうつもりだったのに何してたの?」
さっきまでの高木先生とのやり取りが頭に浮かぶ。
オカルト好きな言羽に水無月さんのことを教えたら喜んで飛びついてくるだろうが今のところは話すつもりはない。
今、言羽に話してもややこしくなる可能性が高いし、それこそ今日の放課後みたいに「実験しようよ!」とか言って面倒なことに巻き込まれそうだ。
なにより水無月さんに迷惑かけそうで怖い。
「いろいろあってな」
「ん~なんか気になるけどまあいいや早く帰ろ!」
納得いかない表情をしているがすぐに手を引いてくれた。
言羽は普段つかかってきてめんどくさいが俺が本当に何かを考えていて話したくないことがあると、察してそれ以上は追及しない。
「そうだな」
「あれ、そういえば自転車は?」
「あっ」
遅刻しそうになって自転車で登校したのに駐輪場に止めたままだ。
すっかり忘れていた。
「まあ明日にでも乗って帰るわ、どうせ学校戻っても入れないだろうし」
「それもそっか、それより今日の実験も楽しかったね!」
「いや楽しくねえよあんなの」
本には召喚術のやり方が100通り以上紹介されていたが一つも成功しなかった。
成功しないのは当たり前だしもとから期待などしていなかったが儀式の準備がくそ大変なのに何も起こらないことを繰り返すのは苦痛でしかなかった。
苦痛でしかなかった俺とは反対に言羽はずっと楽しそうだった。
成功してないのに楽しいのかと聞くと「成功しないという事実を知ることができたのが楽しい!」と学者みたいなことを言い出した。
本当にオカルトバカなんだなと実感し、ため息が出た。
ふと暗い夜道に外灯とは違う光を感じた。
「あ、俺ちょっと晩飯の買い物あるからさっき帰っててもいいぞ」
光の出るほうを見るとスーパーが目に入り冷蔵庫がほぼ空っぽなことを思い出した。
今日は弁当を作っていないため弁当を作る分の材料はあるが夜はもっとがっつりしたものが食べたい。
ちなみに学食で買ったパンは授業中に食べた。
「それだったら二人でどこか食べに行かない?」
「お、たまにはそれもいいな。どこ行く?」
「ラーメン屋なんてどうでしょう」
「いいねそうしよう」
俺と言羽はスマホで近くのラーメン屋を調べて店に向かって歩き出した。
「ここか」
近くとは言っても学校から見えていた街のほうまで来てしまった。
まあたまには少し遠出するのもいいだろう。
「お腹すいた早く入ろ」
言羽は俺の手を引き、店へと入っていった。
中に入ると大勢の店員からの魂のこもったいっらしゃいやせ!!!!と食欲をそそられるスープの香りに歓迎される。
適当にカウンターの席が空いていたのでそこに座る。
「何注文するー?」
「ネットによるとここは豚骨ラーメンがおいしいらしいぞ」
「じゃあ豚骨ラーメンにしよう、店員さーん!」
「はいよ!」
待ってましたと言わんばかりに言羽が呼んだ瞬間に店員が飛んできた。
言羽も言羽で立ち上がり両手を上に広げて店員を呼んでいる。
他のお客さんが変な目でこっちを見てきているため隣にいる俺も変人と思われていそうで恥ずかしい。
というか豚骨ラーメンがおいしいとは言ったがまだメニュー見ていないから待てよ。
えっと当店自慢の豚骨ラーメン2000円!?高っ!?
こんな高いのは独り暮らしの俺にはきつい。
「言羽待――――」
「豚骨ラーメン2つ、以上!」
「はいよ!」
注文を聞くと店員は早々に去ってしまった。
さっき飛んできたときも思ったが忍者なのかここの店員は。
「お前まだメニュー見てないのに注文するなよ」
「でも豚骨ラーメンがこの店で一番おいしんでしょ」
「値段見てみろ」
「えっ2000円!?このラーメン食べたらオカルト本今月買えないよ!」
「それは買わなくていい」
「あの…すいませんお客さん」
オカルト本買う買わないの言い合いをしていると申し訳なさそうにというかどちらかというと入りずらそうに俺と言羽に割って入る。
「どうしたんですか?」
「ただいま店長が結婚したばかりで調子に乗ってラブラブキャンペーンというのをしてまして、カップル限定でラーメンが半額になるんですがお二人様はカップルでしょうか?」
なんて無理やりなキャンペーンだ。
カップル?誰がこんな奴と…だがしかしラーメンが半額というのは聞き捨てならない。
おいしいラーメンを食べられて財布にも優しく言い合いもしなくて済む。
もちろん言羽乗るしかないよな。
「いやその…今はカップルじゃないですけど…」
言羽がうつむきながら話し始めた。
どうやら俺と同じように演技をすることを考えたのだろう。
さすが長年の付き合い、俺のことをよくわかっている。
「いつかはただの幼馴染じゃなくてそういう関係になれたらなって妄想するんです…でも本人は全然アピールしても気付いてくれないし…わたしそれがつらくて…」
どしたどしたっ!?急に顔を赤くしてもじもじしながらぶつぶつ言い始めたかと思うと急に泣き出しそうなくらい暗い声になって。
いや店員さんたち俺をそんな鈍感くず野郎みたいな目で見るな、これいつもの言羽の演技だから。
言羽もそんな複雑なネタを俺に振るな。
だが半額は捨てられんっ…。
「俺が気づいていないと思っていたのか」
「えっ…?」
「いつも隣にいて3年以上も一緒に過ごしたんだ、お前の考えていることなら何でもわかるよ。
本当は明後日から始まるゴールデンウイークに遊びにでも誘って最終日の遊園地で告白しようと思ってたんだけどな…どうやら言羽からしたら待たせすぎていたのかもしれない。
もうここで告白させてほしい、そしてゴールデンウイークはカップルになって迎えよう」
「景…」
「俺は言羽が好きだよ」
「わたしも、わたしも景のことがずっと好きだった。
中学1年生の時からずっと好きでした」
俺は言羽の肩に手を乗せて抱き寄せる。
「ということで店員さん俺たちこれから熱々のカップルになっていくのでラーメン半額お願いします」
「そうですね…待っててくださいお二人の愛がこれからも永遠に冷めないようにと願いを込めた熱々のラーメンをすぐにお持ちします」
そう言って店員は満足そうな表情で厨房に向かった。
なんとか店員をだますことができたようだ。
「お前な…こういうのはすぐに付き合ってるって嘘を言ったらいいんだよ。
さっきのセリフお前に行ったかと思うと吐きそうなんだけど…ん?」
「………………」
失礼ね!と怒る反応を待ったが全然突っかかってこない。
抱き寄せた言羽を見ると顔を真っ赤にして恥ずかしそうにプルプルしている。
「うお!?お前何本気で照れてるんだよ!」
「っ!?照れてないよ!?景が痛いセリフいうからこっちまで恥ずかしくなっただけだし!?」
「俺があんな痛いこと言わないといけない状態にしたのは言羽だろうが!」
ふんっと言ってお互い反対方向へと向いた。
顔が熱い…たぶん俺の顔も赤くなっているだろう。
不覚にも久しぶりに見た顔が赤い言羽のうぶな顔が可愛いと思ってしまった。
「へいお待ち!」
少し気まずくなった空気を壊すように店員がラーメンを2つ持ってきた。
白いこってりとしたスープに細麺、トッピングにはネギ、めんま、煮卵、チャーシューが乗せられている。
良い匂いが鼻を通っていく。
俺と言羽は特に会話をすることはなくラーメンを食べ始め完食した。
二人とも食べることに夢中になって話すことを忘れてしまっていた。
「おいしかった~」
「そうだな、また一緒に来ような」
「うん!」
少し機嫌が悪いのかと思っていたがおいしいラーメンを食べたからかご機嫌な顔をしている。
会計を済ませて店を出ようとしたとき扉から学食にいた男子4人組が入ってきた。
「心音さんだ!」
「横にいるのは学食の時も一緒にいた男子か」
「やっぱり付き合っているのか…」
「学校一の美少女とデートは羨ましい…」
聞こえてはいるが小声の会話だったため無視しておこうと考えていたが最後の言葉に引っかかってしまい不意に話しかけてしまった。
「学校一の美少女って水無月さんじゃないの?」
確かこの4人組は水無月さんのことを学校一の美少女と称賛しており、俺が知らないだけで有名なはず。
「あ、すまんデートの邪魔するつもりはなかったんだが、誰だ水無月さんって?」
「え?誰って今日食堂にいて可愛いって話してたじゃん」
「今日確かに俺たちは食堂に行ったけど水無月さん?の話はしてないぞ。俺たちがしてた会話と言えば心音さんが可愛いなとしか」
どういうことだ?他の三人を見ても知らないという顔をしている。
嘘を言っている雰囲気でもなくこれで嘘だったら演技力がすごい。
「あ、言羽。昼休みの時に食堂で水無月さん見たよな」
「水無月さん…誰それ女?景、誰よその女!」
「俺がなんか食堂で水無月さん見てたらお前がなぜか怒ってたじゃん」
「私が怒っていたのは食堂から全然景が帰ってこなかったからだよ」
言羽も言羽で冗談を言っているような雰囲気ではない。
なぜか俺と言羽、男子4人組との記憶が異なっている。
プライバシーの侵害ではあるが仕方がないため俺は水無月さんの学生手帳を取り出して言羽と男子4人組に写真を見せる。
「この人なんだけど…」
「か、かわいい…」
「今度俺に紹介してくれよ!」
「確かにこの人なら学校一の美少女にふさわしい」
「それじゃあ心音さん只の変人になっちゃうよ…」
「景もしかして彼女?」
「違う」
5人とも写真に目が釘付けられている。
この水無月さんへの反応は昼休みの時と変わらないんだな。
「それより名前のところを見てくれ」
「名前のところ…?なんだこれ読めねえ」
「読めないな」
「これどうやって読むの?」
やっぱり黒い靄のせいで誰も読めないみたいだ。
「まあ読めないなら仕方がないな」
「仕方ないで済むのかこれ?普通じゃこの黒い靄ありえないだろ」
「ありえないって言われてもな…」
この不可解な状況に男子4人組は納得してしまっている。
「言羽、これ変だよな」
「変って言われても…う~ん…」
オカルト好きな言羽でさえ反応がない。
いつもだったら「怪奇現象だ!」と言って興奮しているのに。
現実に起きておかしいことを他の人たちは従順に受け入れている。
この異変に気付いているのはこの世界で俺だけなのだろうか。
逆に言えば俺がおかしくなった、またはそういう世界に飛ばされたのか。
俺はただ巻き込まれているだけなのかもしれない。
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