3.黒い靄
あれから時間はあっという間に過ぎて行った。
午後の退屈な授業を受け、帰りのHRが終わった直後に高木先生に反省文を提出し、家に帰ろうと思ったら言羽によって強制的なオカルト研究部の体験活動。
そして現在、最終下校時刻へと差し迫っている。帰宅部には縁のない時間だ。
人がいないし、普段なら考えられないほどの校舎の静かさに物珍しさを感じる。
「7時まで2分しかない…あいつ明日覚えてろよ…」
言羽はまだ用事があるから先に帰っててと言ってどこかに消えた。
最終下校時刻の7時になると生徒指導の先生が門に立っており、過ぎてしまうと捕まえられて説教が行われる。
早く帰らしたいなら説教なんかしなくても良いだろうに…。
今日のオカルト研究部体験活動では『召喚術の本』という表紙がダサいフォントと二頭身の丸々と肉ついたおじさんのイラストが描かれたどう考えても子供向けの本に載ってある実験をすべて付き合わされた。
「こんなことを考えている場合じゃないな…」
とにかく急ぐため、靴箱目指して走る。走ったらまだ間に合うだろう。
そのときふと前から一人の女子が歩いてきているのに気づく。
よく見ると昼休みに俺の目を浄化してくれた水無月さんであることがわかる。
1日の終わりを言羽ではなく水無月さんをみて上書きできたのはラッキーだ。
しかし、気になるのが最終下校ギリギリなのにどうしてゆっくりと歩いている余裕があるのだろうか。
かばんも背負っていないし、今から教室に取りに行くのだろう。
間に合わないとあきらめてしまっているのか。
横をすれ違う。その瞬間、時間の経過が遅く感じた。
彼女の表情は昼休みに見た楽しそうなものではなく、雨に打たれている迷子の子どものようにどこか悲しそうで今にも泣きだしそうだった。
そして確かに見た。彼女の身体から彼女の美しい髪の黒色とは違う、人の負の感情を集合させたようなドスのきいた黒い靄が出ているのを。
現実ではありえない非科学的な現象を目の前に唖然としていると、彼女のスカートのポケットから何かが落ちるのが見えた。
「待って、これ落としたよ…あれ…?」
落としたものを拾い上げ渡そうとしたが、拾い上げていた時のほんの一瞬目を離した間にさっきまでそこにいたはずの水無月さんの姿が消えていた。
あまりの一瞬の出来事に呆気にとられていると、7時を告げるチャイムが校舎内に鳴り響き、我に返る。
「また先生に怒られるな…まあそのときにこれは落とし物として渡せばいいか」
諦めて走ることをやめ歩いて校門へと向かった。
静かな校舎の中をこうやって歩いていると無意識のうちに景色を眺めてしまっている。
普段の日常のなかでは気づくことのできない日常の美しい眺め。
学校の周辺は田舎でほとんど住宅しかないが少し離れた場所にこことは違って発展した街がある。
暗闇の中、校舎から見える街の光は夜空の星のように美しい。
すげーな放課後1人校舎パワー、急に痛いポエマーになってしまった。
「少しは慌てることができないのか?」
歩いて校門に向かうと高木先生が俺を待ち構えていた。
生徒指導の先生はなぜか3人もいて日替わり制だ。
しかしよりにもよって高木先生だとは。
「げっ…」
「なにが「げっ…」だ。そんなに説教されたいのか?」
無意識に心の声が出てしまい、あわてて口をふさぐ。
鈍く大きな音をたてながら拳を合わせギラリとにらんでくる。
明らかに先生が生徒を見る目ではない。まるでライオンがウサギを狩ろうとしている状況とかしている。
朝も遅刻したのに放課後もこんなだとまた怒られる。
「いや待ってください!これこれ、落とし物です!!」
殴られる前になんとか話をそらそうと生徒手帳をポケットから取り出し、高木先生へ見せつける。
「ふん…預かっておこう。誰だ大事な生徒手帳を落としたのは…」
顔の目の前ギリギリで拳が止まる。
俺から生徒手帳を受けとり、ペラペラとめくり始める。
話を逸らすことができたし、どうやら殴られずに済みそうだ。
「ん…、名前なんて書いているんだ?」
「えっ…先生もしかして老眼ですか…ごふっ!?」
勢いよく頭に拳骨が刺さる。
今日だけで2発も食らった。たんこぶどころか頭蓋骨ひびはいっているかもしれない。
「わたしはまだ26だ。それにしてもお前はやっぱり丈夫だな、これまで気絶できなかったやつはいなかったのに」」
「いつも三途の川ギリギリで回避してますよ。そんなことより読めないって漢字が読めないとかそういうわけでもないですよね?」
「あぁ、なんというか名前の部分に靄がかかっているというか…」
俺は先生から生徒手帳を受け取り見てみる。
貼られてある写真を見ると間違いなく水無月さんだ。
そして写真の横に書かれてあるはずの名前に目を向ける。
しかし、名前の部分は横をすれ違ったときに彼女の身体から出ていた黒い靄と同じものがかかっている。
「なんだこれ…名前が読めない…」
「だろ?それにおかしい…」
隣で隣で生徒手帳をのぞき込んできた先生は首をかしげている。
「何がですか?」
「わたしは全校生徒の名前と顔が一致するがこの生徒を知らない」
衝撃的な発言に戸惑う。
「えっ、じゃあ先生はここの生徒ではないって言いたいんですか?」
「そんな訳があるか。生徒手帳があるのだしここの生徒で間違いないだろうからきっとわたしが忘れているだけだろう」
俺は昼休みに食堂に行くまで知らなかったから言えた義理ではないが水無月さんは有名な人だ。
あまり目立たない人やコミュニケーションが苦手な人のことを認識できていなくて憶えていないならまだしも…。
この黒い靄が何か関係しているのではないだろうか。
普通ではありえないことなのだから。
しかし、そんなありえないことが起きているのに先生が真に受けているのもおかしい。
普通だったらいくら高木先生でも慌てふためくはず。
てか高木先生が慌てふためく姿を見てみたいな。
今までの拳骨の仕返しをしてやりたい。
「明日わたしが届けておこう」
「いや、少し気になることがあるので俺が届けてもいいですか?」
この非日常的な現象を目の当たりにして興味がわいた…ではなく俺は決してこの事態を見過ごしてはいけない理由がある。
「なんだ~写真見て一目惚れでもしたのか?」
俺の肩に腕を回しニヤニヤしながらほっぺを人差し指でぐりぐりしてくる。
これが大人のめんどくさいノリというやつか。
「自分にそういう色沙汰が無いからってそういうこと言わな…すいません、そんなことより全校生徒の名前を覚えてたんですね」
首の締まりに力が入り始め、殺意を持った怒りの表情から確実にもう一発拳が飛んでくる気配がしたためまた話を逸らす。
「一人忘れてしまっていたがな。大切な生徒なんだから覚えて当然だ」
なんと…一部の職務怠慢先生にその言葉聞かせたいね。
作者の教師なんか最初の授業での第一声が「僕は君たちの名前を全員覚えるつもりはないので」と言ってきたぞ。
まあ同級生の名前を憶えていない俺が言えることではないが。
厳しいし、理不尽に殴ってくる人だが高木先生はなんだかんだ言って生徒思いの先生なんだな。
「じゃあ任せたぞ、早く帰りな」
「はい、さようなら」
高木先生に見送られながら俺は学校を後にする。
歩きながら生徒手帳をもう一度見る。写真を見るとあの悲しそうな表情と黒い靄がフラッシュバックする。
「……」
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