2.美女と変人
「これでHRは終わる。
日戸灰は今日中に反省文を書いて提出するように」
そう言い残すと先生は教室を出て行ってしまった。
俺の手元には3回目ということで3枚の原稿用紙が置かれている。
「くそ…絶対間に合ったと思ったのに」
「いやー残念だったね、でも良いスライディングだったよ」
遅刻にならなかった言羽は余裕の笑みで席に近づいてくる。
「にやにやしながらこっち来るな」
「そうかっかしないで、わたしのせいで遅刻した部分もあるから手伝ってあげる」
「え、まじで?じゃあ頼む」
俺は言羽に原稿用紙を渡す。
「ってなんで私が2枚なのよ!」
「いや…こんな短期間に反省文3回目となると、中間部分の次からどうするとかどう反省しているかの言い訳のネタが尽きるんだよ」
高木先生。
我らが担任の先生にして生徒指導、体育教師にある熱血のイメージを具現化したような人でとても厳しいと既に一年生からも恐れられている。
あとついでに言えば言羽のつくった部活の顧問だ。
「しょうがないな…」
「おっなんだ今日優しいな」
いつもは駄々こね始めるのにすんなり受け入れた。
正直手伝ってくれるのも嘘だと思った。
「でもその変わりに―――」
げっこいつまた…。
「オカルト研究部に入部して」
こいつが高木先生に土下座してまでつくりたかった部活は『オカルト研究部』なのだ。
小学生のころから幽霊や妖怪の類が好きらしく、ネットで目撃情報があった場所は虱潰しにまわっているらしい。
中学校で言羽と出会ったときに、男友達に怖い話をしろといわれて怖い話をしていたら食いつかれて「もっと聞かせて!」と言われた。
かわいい女子にこんなグイグイこられたら俺もついうれしくなって色々な持ちネタを話してしまった。
すると段々と仲良くなってきて良い雰囲気だったのだがそれと同時に変人があらわになってくる。
こいつやばいなと思った時には時すでに遅し、なつかれてしまった。
ほかの人も俺と言羽のやり取りを見て、危険を感じて近づかなくなった。
話はそれてしまったが言羽はオカルトが大好きで高校でオカルト研究部を作ると意気込んでいる。
しかし、顧問と活動場所は確保することができたが肝心の部員がいない。
部活をつくるには少なくとも3人いる。
最初は言羽の可愛さから大量に男子が連れていたがオカルトへの情熱についていけず逃げて行った。
「ほかにもう1人確保できたら考えてやる」
「それ他の人からもさんざん言われた!みんな誰も入らないと思ってその言い訳で逃げるの!!
お願い、景が入ってくれたらいっぱい部員ができるから!!」
「嫌だ」
俺は同じくオカルト研究部に入りたくない同志たちのためにも拒まなくてはいけない。
断じて自分が入りたくないかではない。断じて。
「ほら授業始まるから席に着け」
「嫌、授業なんて関係ない。
景がオカルト研究部に入部してくれるまでここから離れない!」
座っている俺の足にしがみついてくる。
「よし平和的会話による対決は終わりだ。こっからは実力行使だこの野郎っ!!」
足から言羽を振り払いおでこにデコピンをする。
「痛っ!?」
少し涙を浮かべながら床でもがいている。
女だというのにはしたない。
「やったなー」
仕返しとばかりに俺のおなかに右ストレートが放たれる。
「ぐほっ!?やったな」
それから俺のデコピンと言羽のパンチによるインファイトが始まった。
「またやってんな」
「相変わらず仲良いよね」
「俺は心音さんが勝つにかあらあげ」
「いやデコピンVSパンチは…」
「さすが変人コンビ」
「おい待て聞き捨てならんぞ、言羽はともかくなんで俺まで変人なんだ」
俺と言羽に対して何を言おうと大抵のことはどうでもいいのだが俺が変人扱いされるのは黙ってられない。
「いやその変人と仲良くできてる時点で変人」
「ぐっ…」
「教室にスライディングして入るやつは変人」
「ぐぐっ…」
「授業中にラッシュの速さ比べをする時点で人間を超越している」
「ぐぐぐっ…ん?授業中だと…確か1時間目は…」
「わたしだ」
いつの間にか背後に高木先生が立っていた。
言羽との死闘に夢中でチャイムが鳴っていることに気付かなかった。
「反省が足りないようだな」
「いや待ってください、反省した気持ちはこの原稿用紙3枚にまとめるので!」
俺はまだ途中の反省文を書いた原稿用紙を先生に見せつける。
すると高木先生は俺から原稿用紙を分捕ったかと思うと容赦なく破り捨てた。
「え…?」
あまりの奇行に驚きを隠せず困惑した。
「校長には悪ガキは反省文を書かせておけと言うが、わたしはあまり反省文というのが好きではな
い。資料のような文章を読んでいると頭がむしゃくしゃしてくる。
まあ何が言いたいかというと悪ガキには一発愛の鉄拳をくらわすのが手っ取り早い」
拳や首の骨をバキバキと鳴らしながら近づいてくる。
どこの世紀末の戦士なんだろうか。野蛮だ。
「なっ…」
「歯食いしばれ」
◇
「いって…」
昼休みになっても高木先生に殴られた頭がひりひりする。
こういう教師が生徒を殴るのは体罰じゃないのかと思うかもしれないが高木先生曰く先生の拳骨は痛みを感じる間もなく衝撃で気絶してしまうため体罰ではないらしい。
しかし俺の数少ない取り柄の丈夫さでなんとか気絶せずに耐えてしまうためふつうに痛い。
「まだ痛むの?」
「ああ…てかなんでお前は殴られてないんだよ」
高木先生の気配を誰よりも早く察知して急いで席に着いたこいつは殴られずに済んだ。
こいつも同罪だというのにあんまりだ。
「とりあえず昼休みだし弁当食べよ」
「あー悪い、俺今日寝坊で弁当作れてないから食堂でパンかなんか買ってくる」
「もー早くしてよ!」
「へいへい」
俺はカバンから財布を取り出し食堂へと向かう。
高校生になってからは言羽と弁当を食べるのが日課となっている。
お互い入学してすぐの友達作りに失敗したからだ。
俺の場合は他の人に話しかけなかったのが原因だが言羽の場合は積極的に話しかけていったが変人だから避けられている。
別に俺は話しかけに行きさえすればすぐに友達なんてできる。
………………できるはずだ。
そんなことを考えていると食堂に到着した、
パンの自動販売機の前に立ちどれを買うか考える。
そのときふと視界の隅に他の人とは雰囲気が違う人物が映る。
視線を向けると友達と2人で楽しそうに食事をしている女子だった。
腰まで伸びた漆黒の髪。良くも悪くもスレンダーな体型、そして可愛いというよりかはクールな印象を感じさせる表情。モデルと比べてみても負けない容姿を持っている。
この学校では男子はネクタイ、女子はスカーフの色が学年によって異なるため見分けがつくようになっている。
今年は3年が青、2年が黄、1年が赤だ。首にかけられたスカーフは俺と同じ赤色である。
しかし、同じ学年であるが見たことがない。
こんな綺麗な人を見たら忘れるはずがないため、きっと俺のクラスである4組とまだ関りがない、1組か2組の子だろう。
「今日もかわいいな水無月さん」
俺から見て美少女がいるほうと逆側にいる3人の男子が話している。
なるほどあの人水無月さんというのか。
「美しい…」
「さすが1年生にして学校一の美少女と名高い人だ」
まだ一ヶ月しか経っていないのにもう学校一の美少女判定なのか。
素直にすごいな。
よく周りを見るといくつかの男子グループ以外にも女子まで水無月さんを見ながら話をしている。
決して陰口を言っているわけではなくみんな可愛いだとか付き合いたいというような憧れのものばかりだ。
どうやら俺が知らないだけで水無月さんは有名なようだ。
「目の保養になったぜ」
「何が目の保養になったよ」
「うお!?」
いきなり背中に飛びつかれて倒れそうになったがなんとか体勢を立て直す。
犯人はやっぱり言羽だった。
「お前なんでここにいるんだよ」
「遅すぎるよ~お腹すいた~」
いつもなら5分で戻っていたが時計を見ると教室を出てから10分も経過している。
目の保養に時間をかけすぎたようだ。
「…もしかしてあのキュートな娘に見惚れていたの?」
「見惚れていたというか目を浄化していた。ほら…いつもお前見てると目が腐るから」
「腐らないわよ失礼ね、景は私だけ見ていれば良いのよ!」
足でロックして俺に身体を乗っけたまま頭を拳でグリグリしてくる。
「あたたたっ!?何するんだ痛いだろ!!」
「あ、あそこにいるのは心音さんじゃん」
ぼそっと聞こえた男子の声に俺と言羽は喧嘩を中断して聞き耳を立てる。
「本当だ心音さんだ、噂通り可愛いな」
「水無月さんがクールビューティーだとしたら心音さんは元気いっぱいサンシャインガールだよな」
それからもずっと言羽のことを称賛し続けている男子3人組。
よく周りの連中を見てみるとさっきの水無月さんに対して向けられる同じ視線を言羽に向けていることがわかる。
まさか水無月さんとこいつが同等で並べられているとは…、水無月さんに失礼ってものだ。
「どう景、これでわかったでしょ?わたしは誰もが認める美少女なのよ。
普通あんたみたいな男子には関わることのできない存在なんだから感謝してほしいぐらい」
そう言って高笑いをする言羽。
明らかに調子に乗っているな…このまま背中から叩き落してやろうかな…。
「罰ゲームとしてこのまま私をおんぶしたまま教室に―――」
「いやいやお前ら何言ってんだよ!」
何か言羽が俺に言おうとしたが男子の声がそれを遮る。
さっきまで言羽のことを称賛していた男子3人組のところに新しい男子が増えた。
「まさか心音さんのこと忘れたわけじゃないよな?」
「はっ!?あぶねーあのかわいい顔に騙されるところだった。あれは只の変人だ」
「水無月さんがアイドル事務所なら心音さんは芸人事務所だったな」
「あの絡まれてる男子可哀そうだな」
俺に同情しながら男子3人組、改め男子4人組は食堂を出て行った。
言羽の本性を思い出してさっきまでの評価はどこに行ったのか手首が折れんばかりの手のひら替えしだ。
「………………」
「………………………ふっ」
「今、鼻で笑ったなコノヤロー!!」
さっきと同じように言羽は俺の頭をグリグリしてくる。
だが、言羽がざまぁで気分が上昇した俺にはそんな攻撃通用せず、俺の高笑いだけが食堂に響き渡った。
しかし、このとき俺は言羽と同様に噂されていることに気付いていなかった。
「全然可哀そうじゃないよ、だってあの男子は心音さんの相方だから」
「えっ、道理でいつも一緒にいるわけだ」
「ということはあいつも心音さんに負けず劣らずの変人か」
「そうだな、実際今も食堂で馬鹿みたいにでかい声で高笑いしているし」
結局、俺の高笑いと言羽のグリグリは昼休みの終わりを告げるチャイムがなるまで終わることはなかった。
その結果、昼飯抜きになり二人して教室で悲痛の叫びをあげてさらに変人だという噂が広まったのは言うまでもない。
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