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先輩と後輩

意気地のない後輩は今日も先輩の姿を描く

作者: 小糸味醂

「あはは、悪いけど笑っちゃうぐらい下手くそだねぇ」


 全く悪いと思っていなさそうに、俺の力作が一笑に付される。林檎ひとつでこんなに笑われるなんて、もしかすると自分には美術的な絵画よりもギャグ漫画の才能があるのかもしれない。




 入学直後の部活説明会。他の部活が人数をかけて自らの活動内容をアピールする中、先輩は一人、その小さくて細い体を壇上で大きく伸ばし、堂々と美術の魅力を語っていた。

 まあ他の人は殆ど誰も聞いてなかったっぽいが・・・。

 最初は中学時代から引き続き、サッカー部に入ろうと思ってたんだけど、この先輩の姿を見た瞬間に美術部に入る事を決めた。




「美術は授業以外経験がありませんが、よろしくお願いします!」


 美術部の部員はその先輩が一人だけ。そして今年俺が入ってやっと二人になった。

 やはり近くで見ると先輩はすごく小さい。小学4年生の俺の妹ぐらいの身長かな?


「うん、私さ、バイトと予備校があるから半分幽霊部員みたいな奴なんだけど、よろしくね!」


 そう言って先輩は俺に手を差し伸べてくる。少しひんやりとしたその手はとても小さくて儚げで、本気で握ったら潰れてしまうんじゃないかと思えて必要以上にやんわりと握ってしまった。

 そして握ったその手の感触を確かめつつ先輩の表情を窺うと、まるで花が開いたかのような笑顔になっていたのだった。



 先輩は部活に参加する頻度は少ないけれど、参加した時にはこんなデカいだけで無愛想な俺にも気さくに話しかけてくれて、絵を上手く描くコツや、練習方法を教えてくれる。

 ただ俺には絶望的に絵の才能が無いのか、未だに林檎さえ上手く表現ができない。

 先輩はそれを見て誤魔化すでも取り繕うでもなく、気持ち良く笑い飛ばしてくれる。


「ま、私も偉そうな事言ってるけどさ、コンテストとかで入賞した事もないような、ただ単に絵を描くのが好きなだけの奴だからさ、まあお互いちょっとずつ上手くなっていこうよ」


 そうやって笑う先輩の笑顔を見たくて、俺は毎日欠かすことなく美術室に足繁く通い、先輩が来た日は内心で喜び、先輩のいない日はため息をつきながら適当に置物を選んでは、それをモデルにしてデッサンをする日々が1年近く続いた。




 明日は卒業式。外を見ると桜の花がポツポツと開き初めている。おそらく満開は来週辺りだろう。


「最後くらいは顔を見せとかないとって思ってさ」


 そう言って苦笑する先輩の肩より少し長い髪を心地よい春の風が優しく揺らす。そうやって絵を描く訳でもなく窓の外を眺める先輩の瞳には、一体何が映っているのだろう?

 俺達の教室がある校舎の一部を挟んだ先にある校庭だろうか?

 それとも校舎の廊下を歩く誰かだろうか?


「先輩」


「んー?」


 先輩は窓の外を見たまま、返事をする。明らかに心ここに非ずって感じだ。


「絵のモデルになってもらえませんか?」


 先輩は少し驚いたような表情を見せたと思ったら、俺と初めて会った時と同じような笑顔になる。


「オッケー!きれいに描けよぉ~」







「あのさ」


 静寂が支配する教室で先輩は窓から迷い込んだ優しい風をその髪で受け止めつつ、こちらを見ずに呟く。


「はい」


 そして俺は先輩を描く手を止めずに返事をする。


「私さ、今まで先輩らしい事って何ひとつ出来なかったよね。今までだってあんまりここに来られなかったし。そんな私が言うのもなんだけどさ・・・」


 そして先輩は一呼吸置いて話し始めた。


「私の大好きだったこの空間、あんたが守ってよね」


 そう言った先輩は少し照れくさかったのか、ポーズを変えずに「ヘヘッ」っと苦笑いの表情を浮かべたのだった。


「あ、あの、先輩・・・」


 感極まった俺は思わず先輩に声を掛ける。


「ん?どした?」


「あ、あの・・・」


「ん?」


「あ・・・・・・、えっと、な・・・何でもないです」


「・・・そっか」


 こうして俺と先輩との約1年間は終わりを告げたのだった。





 本当、俺って意気地なしだ。





 結局新年度になっても誰も美術部には入らなかった。

 部活説明会の日、俺も去年の先輩と同じように壇上に立って部活の説明をしたんだけど、やっぱり誰も聞いてなかった。

 少し虚しさを覚えつつも、まあこんなもんか、なんて考えながら俺は今日も先輩との大切な思い出の詰まった美術室で絵を描いている。

 それにしても相変わらず俺って絵が下手だよな。

 1年間、あんなに練習したのに全然上達していない。


 結局最後まで完成しなかった先輩を描いた絵も、俺の心の中の先輩の姿とは随分とかけ離れている。

 何度も何度も俺の心に映った先輩の姿を思い出し、そして描くけども、やはりその姿を映し出す事ができない。


「本当、俺って何をしてるんだか・・・」


 少し自嘲気味になってしまった。

 確かに俺のしている事はまるで意味の無い事なのかもしれない。


 それでも、いつか俺はこの絵を完成させてみせる。

 そして先輩との約束通り、この美術部を続ける事を心に誓ったのだった。


 そう、俺は先輩との約束をずっと守っていくんだ。


 先日に短編、『後輩が先輩に会いに行く話』を発表しましたが、そこから発想を得てもうひとつ短編が出来上がりました。

 よろしければそちらも一緒に読んでいただくと、物語がより深まるかもしれません。


 それではまた♪

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