終章
その青年は行商人だった。国から国、街から街へ渡り、商品を仕入れて売っていた。
今日、青年がたどり着いた国は小さいが賑やかで、人がせわしなく行き来していた。
市場も商人の呼び込みの声と、行きかう人々の話し声が混じりあっている。
市場の入り口を進んでいき、奥の方の片隅に場所をとった。一通り、木の屋台に商品を並べていると、さっそく、青年の前に客が足を止めた。
二人組だが、頭巾付きの外套を纏っており、顔がよく見えない。男と女であることは分かった。男の方は痩躯で背が高く、女の方は、黒髪が頭巾からこぼれている。
「これ、何かしら?」
女の方が、砂糖漬けの花が詰めてある瓶を指さした。まだ若い声だった。
「ミレの花の砂糖漬けだよ。気難しい王女様も恐ろしい魔女もこれを食べればにっこりさ」
少々大げさな売り文句をつけて青年が答えると、彼女はくすくすと笑った。
「素敵。一つ頂くわ」
「二百ネルだよ」
青年が値段を言うと、女が懐から財布を取り出し、百ネル銀貨二枚を差し出した。
「はい。確かに二百ネル。どうもありがとう」
青年が瓶を紙袋に包んで女に渡すと、隣の男が手を伸ばしてきて、代わりに受け取った。
男と青年の目があった。頭巾の下に、金色の瞳が見えた。
「ありがとう」
女が礼を言い、男と寄り添って並び、賑わう人々の間へ消えて行った。
「運がいいな」
「うん?」
客が去った後、不意に声をかけられ、青年はその方に顔を向けた。声をかけてきたのは隣で露店を出している壮年の男だった。
「あんた、ここに来たばっかりだろう? それであいつらに会えるなんてな」
「あいつら、って、さっきの二人組?」
顔が見えないのは奇妙ではあるが、各地を旅してきた青年にとっては特別訝しがることではなかった。男の目が金色だったのは確かに珍しい。少なくとも今までに見たことはない。
「あの二人のこと、知ってるのかい?」
青年がたずねると、男は頷いた。
「ああ。この辺じゃちょっとした有名人なんだ。俺がガキの頃からずっとここに来てるんだよ。俺の親父も、その親父も、あいつらを見てる。とはいっても、いつもあの恰好だから顔を見たことはないんだけどな」
「えっ!?」
青年は思わず並べた商品を落としそうになり慌てて持ち直した。男の話が正しければ彼らはゆうに百歳を超えていることになる。
それなのに、先ほどの二人は若い男女にしか見えなかった。
「つまり、あの二人は人間じゃないってことかい?」
男は肩をすくめた。
「いろんな噂が飛び交ってる。魔法使いだとか、妖精だとか、幽霊だとか……悪魔だなんて言う奴もいるぐらいだ」
俺はそんなものがいるなんて信じないがな、と男は付け加えた。
「何か、悪さをしたりとか……?」
青年は恐る恐る尋ねた。先ほどの接客に失礼はなかったはずだが、もし彼らの機嫌を損ねていたら呪いでもかけられるかもしれない。
「いやいや。なんもしないさ。時々、ここに買い物に来たり、飾りものや菓子を売りにくることもある。この先の広場で子供を集めて物語を聞かせてるのも見たな」
「じゃあ、いい人たちなんだね」
青年がほっと息をつくと、だがな、と男が言葉を続けた。
「誰もあいつらの住んでるところも知らない。西の方に森があって、そこから来てるっていう話があるが、家を見た奴もいないしな。大体、あの二人の関係も謎なんだ。いつも一緒にいるが、きょうだいなのか、夫婦なのか、主人と召使なのか……」
そこで男は言葉を切り、幻でも見たかのようにぽかんとしている青年の様子を見て笑った。
「まあそんな顔するなよ。あの二人がここに来ること自体が珍しいし、更に品物を買ってもらえるってのは俺たち商人にとっちゃ幸運の証みたいなものなんだ。あんた、きっと近いうちにいいことがあるよ。長々と喋って悪かったな。お互い頑張ろうぜ」
商人の男はそう言うと、通り過ぎる客に向かって呼び込みを始めた。
青年は、先ほどの奇妙な客人が消えて行った人込みをしばらく見つめていた。
もう姿は見えなかったが、並んで歩く様子が妙に記憶に残っている。
若い二人だったが、かなり長い時間を共に生きてきたかのように寄り添う姿。
この国を去るまでに、もう一度会えるだろうか。
青年は自分の前を行く人々に向かい、声を張り上げた。
「王女様も魔女も喜ぶ、花の砂糖漬けはいかが」




