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15章 独りよりも

 ある日の昼下がり。


「……これでどう」


 こつん、と音を立てて、僕は手持ちの黒い駒を、白い駒の前に置いた。

 白の王の周りを、黒の兵が囲む。白の軍の負けだった。


「……降参」


 アンジェネが大きく息をついた。


「エル、すごいわ。ついこの間にやり方を教えたばっかりなのに」


 特に楽しいものでもないが、夜中、暇で仕方がない時に、一人でこの遊びに興じていたのが功を奏したらしい。

 まあ、勝ったところで何かあるわけでもないけれど。

 もっと上手くなりたいわ、と呟きながら盤上の駒をつつくアンジェネに、僕はずっと疑問だった、ある問いを投げかけることにした。


「アンジェネ」

「なあに?」


 アンジェネの青い瞳が僕を見る。


「……君は最初から、友達になるつもりで悪魔を呼んだの?」

「ええ、そうよ?」


 何でそんなことを聞くのか、というような反応だ。


「悪魔がどんな性質で、どんな見た目をしているとか、知ってた?」


 僕が人間と変わらない姿でいるから、こうして会話をすることも、遊びに付き合うこともできる。

 けれど、もし悪魔の見た目が醜い獣のようだったら? 会話もままならないような生き物だったら?

 アンジェネはそれでも、友達になってもらうために悪魔を召喚したのだろうか。


「いいえ、知らなかったわ。最初から分かっていたことは、何でも言うことを聞いてくれるけれど、最後に心臓を食べられるということだけ」


 そういえば、初めて僕を見たアンジェネは、牙とか角はないのか、って聞いてきたっけ。


「もしも、もっと怖い見た目だったり、話もまともにできないようなやつが来たらどうしようとか思わなかったわけ?」


 アンジェネはすぐに答えず、手に持った駒をしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。


「……独りでいるよりはずっといいわ」


 本当に、寂しさを紛らわせるため、隣にいてもらうために僕は呼ばれたというわけだ。

 僕なら、この世界にたった一人になったとしても、得体のしれないものに頼ろうとは思わないけれど。

 そんなにまでして誰かと過ごすことを望むなんて、アンジェネは一体どれくらいの間、ここに独りでいるのだろう。


「でも、せっかくならお話ができて、一緒に遊べる方がいいと思ってたの。だからね、わたし、来てくれたのがエルでとっても嬉しいわよ」

「どうせなら女の悪魔に来てもらう方が良かったんじゃないの」


 人間は男なら男と、女なら女との方が気が合うものだと思っていた。

 それを聞いて、アンジェネが少し身を乗り出した。


「女の子の悪魔もいるの?」

「いるよ。まぁ、男も女も大して変わらないけど」


 悪魔の性別なんて飾りみたいなものだ。男だろうが女だろうが、皆、人間の心臓以外に興味はないのだから。


「へぇ……。いつか会ってみたいわ」


 アンジェネは呟くように言い、でも、と言葉を続けた。


「やっぱりエルがいいわ。わたしね、エルの目が好きなの。とても綺麗な色をしているから」

「目?」


 今まで、目について、というより容姿について、褒められたこともけなされたこともない。

 僕の目は明るい金色をしているから、人間からすれば珍しいのかもしれないけれど。


「お月様の色か、蜂蜜みたいな色……ううん、もっと綺麗。宝石みたい」

「はぁ」


 僕は自分の姿を鏡で見る機会もないし、褒められているのは分かっても気のない返事しかできなかった。


「あ、わたしが素敵だと思うのは目だけじゃないわ。髪の色も、春の原っぱみたいで綺麗だし、背が高いところも、頭がいいところも、強いところも優しいところも好き。お話の中に出てくる王子様みたいで!」


 いや、さすがにそれは良く言いすぎのような気がするけど……。

 楽しそうに話す彼女の顔を見ながら、ふと思った。

 もし、ここにいるのが僕ではなくて別の悪魔だったら、アンジェネはそいつのことも同じように友達として扱っただろうか。

 その悪魔の目も、綺麗だと褒めるのだろうか。心を許して楽しそうに笑うのだろうか。

 どうして僕がこんな目に遭うんだ、他の悪魔が先にアンジェネの召喚に応えていたら、と思ったこともあったのに。

 今、僕じゃない別の奴がアンジェネの隣にいて、親し気にしているところを想像すると――、なぜだか無性にもやもやする。


「エル、わたし何か失礼なことを言った?」


 僕がむすっとした表情をしていたからだろう。アンジェネが不安げに問うてくる。


「……いや、僕のことをそんなに褒める人間なんて今までいなかったからさ」


 この感情を何と呼ぶのか、アンジェネに聞けば教えてくれるのかもしれない。

 けれど、打ち明けようという気にはならなかった。

 彼女に知られてしまったら、今までどおりの関係ではいられないような気がしたのだ。


「さて、もうひと勝負する?」


 気持ちを切り替えたくて、僕は盤上の黒い駒を一つ摘んだ。


「ええ、もちろん!」


 アンジェネが無邪気に答え、白い駒を開始の位置に並べ始めた。

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