表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

序章

 

 悪魔と呼ばれる生き物がいる。

 彼らは人間の住む世界とは別の次元に暮らしており、人間の世界にやって来ることはできない。

 人間が、彼らを呼ぶ儀式をすることで、悪魔は人の前に姿を現す。

 そして、己を呼び出した人間に仕え、どんな命令にも従う。

 しかし、悪魔は忠実な生き物ではない。

 呼び出した人間が、悪魔を従える力を使い果たす時、彼らはその心臓を抉り出し、貪り喰らう。

 悪魔にとって、人間の心臓は、何にも代えがたいほど甘美な味であるという。

 悪魔を呼び出す方法は、人間の世界で、表には出ず、だが確かに語り継がれている。

 野心のため、復讐のため、儀式を行った人間は、悪魔によってそれを叶える。

 心臓という、代償と引き換えに。


***


「待ってくれ! まだだ、まだ終わっていない!」


 僕は喚き散らす男の顔を真っすぐに見つめた。

 高級な素材でつくられた衣服に身を包んではいるが、それには到底不釣り合いな中年の痩せた男。

 顔色は青ざめて、髪はほとんど白くなっている。

 初めて会ったのは三年ほど前、その時はもっと太っていて、髪には白いものが混じる程度だった。

 僕と共に過ごすうちに、みるみる今の姿になっていったのだ。

 僕が無表情のまま、一歩、男の方に踏み出すと、男の顔に恐怖と絶望が広がっていった。

 僕の顔から目を放さないまま、男は後ずさっていき、部屋の壁にぶつかったところで、そのまま床に崩れ落ちた。


「君は僕に色々なことを望んだね。僕はそれをすべて叶えたよ。その結果が、ここにあるもの全部だ」


 僕は淡々と言いながら、周りをぐるりと見渡した。部屋の中は金や宝石、絹でつくられた豪華な調度品で溢れている。


「君の命令で殺してきた命が、こんな悪趣味なものに変わったんだ。そうだろう? ああ、もちろん君を責めないよ。僕はどれだけ自分の手で命を奪っても何とも思わないからね。たくさんの心臓を食べさせてもらったから」


 また一歩、男のほうに歩みを進める。男は口をぱくぱくさせていたが、やがて声を絞り出した。


「まだ、足りない……」


 その言葉に、無表情を貫いていた僕は吹き出した。


「笑わせてくれるね。人間はつくづく欲深い。僕らが心臓を食べたがるのと、そんなに変わらないじゃないか」


 今度は笑顔を浮かべながら、早足で進み、男のすぐ目の前に立った。

 男は震えながら、僕を見上げる。

 さて、問答はそろそろ終わりだ。

 この男にはもう、僕を従える力は残っていない。

 権力を求めた男は、今や死を目の前にした哀れな僕の獲物。

 左手で、男の首を絞めた。男の目が見開かれ、かすかなうめき声が漏れる。

 さて、この男の名前はなんだったか。いや、そんなことはどうでもいい。

 彼はもう僕の主人ではないのだから。


「君、結構もった方だよ」


 僕は笑顔のまま囁くと、右手を男の胸に突き刺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ