始まるのは
世の中、こんな事が起こってしまうのだな、と思ったのが少しまえ。
そして、神様がいるなら恨みたい、と思ったのがたった今。
「ねぇねぇ律くん。すごいよねぇ。十クラスもあって同じクラスになったんだよ?奇跡的な出会いをした男女が!これもう運命じゃない?」
とかなんとかずっと言っている女子が前にいて、僕は椅子に座って溜め息をついている。という状況が、放課後になってずっと続いている。
──時は数時間前にさかのぼる。
「皆さんおはようございます。担任の山内楓です。教科は数学。宜しくお願いします」
山内先生が挨拶をした。ここまではいい。その後が問題だ。
「で、高校だから知らない人が多いと思うので、簡単な自己紹介をしてもらいます。名前、趣味、高校での目標とかかな。もっと言いたい人は言ってよし!質問もOK。はい、出席番号の順番で。どうぞ!」
先生は笑顔で言い切った。
僕には趣味も目標もないし、特に名前を覚えてもらいたいわけでもない。
だが、嫌だと思っているものほど時間と言うのは早く過ぎるもので、すぐに順番になった。しょうがないから適当でいいか、と席を立つ。
「秋音律です。趣味は読書。目標は…成績が普通にとれればいいです。宜しく」
「はい、秋音くんね。適当さが分かりやすい。いっそ清々しいな。なにか質問ある人」
バレてしまった。先生に。そんなに分かりやすかったのか?
周りを見回すと、すっと手が挙がった。僕の自己紹介で手が挙がった事も驚きだが、顔を見ると、昨日音楽室で出会った少女だ。表情には出さないが、正直とてもびっくりした。
「はい、弓岡さん、どうぞ」
ああ、そう言えばそんな名前だったな、と思っていると、一番触れないでほしい事を言った。
「趣味それだけですか?」
ああ……。
「……なんで?」
無視はだめなので、最低限の事を聞く。
「だってめっちゃ上手かったじゃん、ピアノ」
誤魔化せるか…。ポーカーフェイスを保てているのか、自分でも不安になってくる。
「……ピアノ?僕はそんなの弾けないよ。……誰かと間違えてるんじゃない」
「そっか。すいません、私の勘違いだったみたいです」
最後にはあちらが納得してくれたらしい。良かったんだと思う。これ以上聞かれても知らない、と言い張るつもりだったが。
だが、ほっとしたのも束の間、ちらっとこっちを向いたところで目があって、ニコリと意味深な笑顔を向けられた。背筋がゾクッとする。
そして、嫌な予感と言うものもよく当たるようで、こうして喋りかけられてる。
「──律くん、聞いてるの?」
聞こえていないと思ったのか、彼女は僕の目の前でおーいと手を振る。
「……あのさ、僕の貴重な放課後の時間を奪わないでくれないかな」
「え~、いいじゃん。どうせ暇でしょ。それで!何で嘘ついたの?」
話を聞かない人間だ。人の事をよく知りもしないで、決めつけないでほしい。
「……嘘なんてついてないよ。誰と勘違いしてるの?僕は君とは初対面だ」
彼女は、ふん、と鼻を鳴らして、今度は睨むように僕をみる。このままだと堂々巡りだ。諦めた方が良いらしい。
「……面倒なんだよ。……父さんとかの事を知られたら」
「ああ、そっか。じゃあ2人だけの秘密だね!」
満面の笑みで言う。何がそんなに嬉しいのか。
「……良かったね。じゃあさっさと帰ってくれない?」
またどうせすぐばれると思うけど。小さく呟いたが、あちらには聞こえなかったらしい。
「え、ちょっと待って。律くん、スマホ貸して!」
嫌だという間もなく、持っていたスマホを奪われる。貸してと言った意味がないじゃないか。
そして弓岡さんも自分のスマホを出して、なにやらいじり始める。
もう諦めて眺めていると、急にんん?というような表情になる。
「なんかあった?ていうか、勝手にいじらないで」
変なものはないはずだが。まず何をしているんだ。
「いや、LINEを交換したんだけどね。あ、私のお気に入りに入れといたから。…なんか女の子の名前多くない?」
「……許可を…。……女子の名前?そんなの入れてないけど」
「…いや、だって、アヤカとかユリノとかサキとか、女子でしょ?」
話が読めない。
少し考え込む。
あ、もしかしたら。一つ思い当たる節がある。
「……あー。…まえ、ピアノ関係のお嬢様達にに今みたいな方法で奪われた気がする」
父さんの知り合いの、偉いところの女子達だ。ブロックしたり、消したりすると親の仕事に影響が行くかもしれない、と言われ、消せないまま。
「あ~。律くん結構綺麗な顔してるもんね。でも通知すごいよ。どんだけ気づかないの?」
気づかなかった訳でもない。
「……別に綺麗な顔はしてないと思う。…最初の方通知音がうるさくて音全部切ってるから。返信も面倒で、携帯が壊れた、って言ってある」
僕の言葉を聞いて、彼女はくすくすと笑う。
「すごいねぇ、お嬢様に。最近連絡こないなら、もう消しちゃっていいんじゃない?」
「…そうだね、もうそろそろ帰ったら?下校時間をすぎるよ。お友達さんも待ってるよ」
「違うよ、親友。幼なじみだよ」
ああ、そう。どっちでもいいと思う。
急に、ガラリと扉の開く音がする。
「……奏、人を待たせといてお喋りしてんな。早く帰るよ!」
このタイミングで、親友さんが来てくれたので、僕はやっと自由になった。親友さんはこっちを見てぺこりと頭を下げてくれたので、僕も返す。名前は分からないが、同じクラスらしいので、また会うことになるだろう。弓岡さんもバイバーイと手を振って帰っていった。
僕も帰り支度を始める。
……と、思ったら「あっ、私忘れ物した。先行っててー」というような声がして、親友さんが戻って来た。そしてすぐ、忘れ物を取りに来たはずなのに何故か僕の前に立つ。
「…ねぇ、君は奏とどういう関係?」
声を抑えて聞いてくる。僕に言っているらしい。
「……昨日初めて会った関係」
素直に答えると、親友さんは、無表情で問い返す。
「…じゃあ、それがほんとって事で聞くけど」
親友さんは一度言葉を切って、目線をはずす。
「……君は知ってるの?…忘れてるの?」
「何を?」
昨日知り合ったばかりの人の事なんて、知るわけがない。
「……知らないのね?お願いだから、あの子を傷つけないであげて。…あと、君私の名前覚えてないらしいけど。美門舞、よ。宜しく。バイバイ」
最後、バーッと言い切って、弓岡さんが呼んでいる事に気がついたのか、ひらりと手を振って教室から出て行った。美門さん、か。自己紹介を聞いていなかったので、全く分からなかった。
自分の席についたまま、今言われた事を考える。
美門さんは、知っているか、忘れているのか、と言った。僕が、何を知っていると言うのだろう。僕は今まで、弓岡奏、という名前も聞いた事がない。忘れているのか。でも、それなら弓岡さんから言ってくるんじゃないのか。そして、傷つけないで、とも言った。何か、複雑な事情でもあるのだろうか。
そもそも、昨日あったばかりの僕が、何か知るわけがない。特に深い意味もないだろう。
こんな事を思っていると、いつの間にか時間がすぎていたらしく、最終下校の放送が流れていた。
*
家に帰って、自分の部屋に入ってからスマホをみると、LINEの通知があった。
ほとんどは弓岡さんから。[Kanade]の名前の横に、音符やピアノの絵文字がついている。
通知は、『よろしくね~』の言葉と、ひよこのような黄色い鳥の動くスタンプが、変なダンスのようなものを踊っている。思わず、ふはっ、っと噴き出してしまう。
でも、すぐにあれ?っという気持ちになる。最近こんな風に、自然に笑っていなかった。何故こんな簡単に。もう一度スタンプを見直してみても、そんなに笑うようなものなのか。変なのは確かだが。
久しぶりに気持ちよく笑えた。その事が、少し嬉しかった。
スタンプのあとに、『舞にも紹介しておきました~!』とも入っていた。同時にもう一つの通知は美門さんのものだったんだ、と納得する。美門さんと交換して何を話せばいいのか。
とりあえず追加して、2人に『宜しく』とだけ送る。2人ともすぐに既読がついて、弓岡さんからは黄色い鳥の、喜んでいるようなスタンプ、美門さんからはLINEに元からある、ぺこりとお辞儀をしているスタンプが送られてくる。性格がでるものだな、と思う。
もういいか、と画面を閉じようとすると、弓岡さんから、
『明後日なんか予定ある?』
と通知が入る。明後日は日曜で、高校は休み。特に、と返事を返すと、
『じゃあ夢が丘駅まえに11:30集合!反論は認めません。君が予定はない、って言ったんだからね』
と。思わずえ?と呟いて、やっぱり予定が…、とまた返すと、もう見てもいないらしい。最初からこちらの了承なんて必要ないかのような言いぐさだ。
ああもう、疲れたな、と、ぼすっ、っと背中から部屋のベッドに倒れ込み、ついでにスマホも放り出す。
同級生と出掛けるのは久しぶりだ。まず、どこに行くのか、何をするのかも伝えられていない。行かなくてもいいか。そうだな、勝手に決められただけだし。
でも、少し楽しみにしている自分もいて、日曜の事を前向きに考えてみようか、とも、思った。
読んでくださり、有り難うございます。
更新頻度遅くなってしまい、申し訳ありません。
他のサイトのおっかけなので遅くなります、、。
そういえば、Twitterも、「漆葉響」で検索して頂ければ出てくると思うので、宜しくお願いします。
これからも宜しくお願い致します。