出会い
「─綺麗きれいだね。君の音」
ビクッと反応して、声がする方を見る。
すると、一人の少女が、入口の方でにこにこしてこちらを見ていた。
緑のネクタイ。この学校は、学年ごとにネクタイの色が別れていて、一年生は緑。ちなみに、二年生は黄色、三年生は青。だからこの人は僕と同じ一年生。
でも、クラスの人も把握していないから、何組かはわからない。
「あれっ?もしかして、気づいてなかった?」
「…あぁ、気づかなかったよ。君は誰だ?」
集中しすぎて、人が入ってきたのに気が付いていなかったらしい。いつからいたのか。
「ねえ、今の曲、何て言う曲?聞いた事ないんだけど」
人の質問を無視しないでほしい。
「知らない。こっちが聞きたいくらいだ。それで君は?」
「私?あっ、そっか。言ってなかったね。私は弓岡奏ゆみおかかなで。奏って呼んでいいよ。……もしかして、幽霊とでも思ってた?そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私ちゃんと生きてるから。君は?」
そんな事を、今度はニヤニヤして言いながらこっちに近づいてくる。
「秋音律あきねりつ。僕は幽霊なんて非科学的なもの、信じていないからね。ニヤニヤしながら喋りかけてくる人に警戒はするけど。…それで君は何でこんな所にいるんだ?」
「そんな言い方ひどいなぁ。モテないよ。でも律くん、それは君もだからね?私は、校内の探索をしてたら音楽室から音がして、気になって来たんだよ」
余計なお世話だ。
というより、音が漏れてたか。他にバレてなきゃいいが。
ん?探索?
「…探索って何だ?」
「…えっと、気付かれなければいいかなって思って、入学式終わった後、勝手に入って歩いてました」
奏はエヘヘっと目をそらす。
「それで律くんは何でこんな所にいるの?」
「…忘れ物を取りに来たら、目に入ったから」
と言うと、それだけで?、みたいな顔をされた。うん。それは僕も思う。でもそっちも大概だ。
「それで!今の曲の題名は?」
「…思い出せないんだよ」
「えっ?誰の曲?」
「…父さん。秋音俊秀あきねとしひでって聞いた事ないか?」
「えっ、すごい有名な人じゃん。お父さんなの?!」
まあ、その反応が普通か。昔から何度も言われてきて、もう慣れた。
「えっと、じゃあお母さんが夢野瞳ゆめのひとみ?あのピアニストの」
夢野瞳と言うのは母さんの活動名で、父さんと結婚する前の本名だ。今もその名前で活動している。
「…そうだよ。良く知ってるな」
「そりゃあそうだよ。私ファンだもん。…すごいけど、いつ発表された?聞いた事ないよ」
その年で母さんのファンは見た事がない。趣味がよく分からない。
「…発表はされてない。…僕の家族しか知らない」
「へぇー、それで曲名が思い出せないと。じゃあ、お父さんに直接聞けばいいんじゃないの?」
「………最近は連絡取ってない。…忙しいみたいだし」
「…ふーん、そっか」
僕の微妙な反応に察したらしい。一度口を閉じる。
それでもすぐに喋りだす。
「でもさ、今のメロディーが一瞬入ってる曲なかった?ちょっとそこどいて」
といいながらピアノの方に近づいてくる。そういえば、ずっとピアノの椅子に座ったままだった。言われた通り椅子からおりると、奏がそうっとそこに座った。
「…聞いててね」
そういって鍵盤に手をおき、静かに弾き出す。
上手だった。
そりゃあプロには及ばないけど、何故か母さんを思い出した。どこか似ている所があったのかもしれない。
「……ここだよ」
「ん?」
「律くん聞いてた?今のとこだよ。似てるとこ」
「…ピアノ、弾けたんだな。……今のとこもう一回弾いて」
「なんだその言い方は。似合わないみたいな。やっぱり君モテないでしょ。…まぁいいよ。弾いてあげる」
怒ったように言いながらも、すごく楽しそうだった。
そしてすぐに弾き始める。
「──あっ」
「そうだよ。分かった?今のとこ」
「あぁ。そうだな。……父さんの」
すぐに分かった。父さんの代表作。
「うん。同じ人が作ったから似てるところもあるんじゃない?曲名何だっけ?」
「…僕は興味のない事は覚えない主義でね。」
「…忘れたの?ちょっと待って、調べてみる」
と言うと、鞄からスマホを取り出して調べ始めた。
少し立って、奏のスマホがヴヴと震えた。
そして突然「あっ!」と叫んで立ち上がる。
「今日早く帰るっていってあったんだ!忘れてた」
いそいそと荷物をまとめはじめる。
「…へぇ、じゃあ急いで帰ったら?」
「そうだね。それじゃあ律くんごめん。またね」
言うなり笑顔でバイバイ、と手を振って帰った。
「……嵐みたいだ」
本当に嵐みたいな人だ。僕だったら、初めてあった人間にあんな馴れ馴れしくしゃべったりしない。しようとも思わない。
あう言う性格なら、彼女の周りは賑やかなはずだ。明るく人がいいと、周りは寄ってくる。何もしなくても愛される。多分彼女には、彼女の帰りを待つ家族がいるのだろう。暖かく受け入れる家族が。幸せな家庭が。
まぁ、何にしても、もう僕には関係ない。学校が同じでも、学年が同じでも、関わらない種類の人間はいる。僕が彼女にしてそうなように、彼女だってもう僕には関わらない。
…そう、思っていた。