『Maledicite habitatoribus Hieronis inpensis』
其れが悪魔との取り引きであったとしても震える手を伸ばして望む。
限りある命に縋る少女の本能。
………今や、
今や恐るべき程に欲望に支配された自我の塊へと成り果ててしまった。
避けられない死を得た呪いで遠ざけた彼女は、超常的な力を得て時既に遅く、元々承認欲求が強く多勢の中心に居たがる気性だったらしい彼女は、生まれながらに携えていた人当たりの良さを演じられる技量と話術の巧みさ、そして目にする者を引き込んでしまう程の文字の綴りを活かして周りを洗脳してゆく。
そうして、仲間を着実に増やし、信奉者達を増やし、世界を、全てを我が物にした運命の女は、たった少数の復讐者に破れ去った。
……女神の魂は、とぷん、と深い奈落の水の中を彷徨う。
私は悪くない。
私は悪くない。私は最初から最後の日まで悪くは無いのだ。
私は当然の事をしただけ。何も悪くない。
当然の事をしただけなのに、命を絶ったのは私の所為だって言うの?
命を絶ったのは自分の手なんでしょう?なら、私が直接手を下した訳じゃ無い。
だから私は悪くない。
他人の心なんか知るもんか。
憎い、嫌い!そう思ったら相手の事は傷付けたってとことん追い詰めたって良いでしょ。
憎いんだもの。
自傷?いい気味。もっとやって頂戴よ。私を傷付けたんだから、それ位はボロボロになってもらわないとね!!
…私、本当はそう思っていたの。
最低な人間扱いされるから誰にも言わなかったけど…私ってこんな人なんです。
でも良いでしょ?良いでしょ?
だって皆、私が重い病を抱えている事、だから虚弱なの、心配してくれてる。
私は愛されてるの。
だから何時も言うわ。「私重い病気で」と。
そうしたら、あらゆる人が私に優しくしてくれる。
そう言えば家族も他人も、みんなみーんな私に優しくなる。
嬉しい。
私皆から優しくしてもらえてる!私は皆に愛されているんだ!!
………なのに、
なのに、私を虐める悪い子がいる。
私を悪く言うお馬鹿さんがいる。
許さない!私はあなた達よりも裕福なお嬢様なのに!!
誰からも愛される素敵なお嬢様、頭の良いお嬢様なんだから!!身の程を弁えて下さいよ!!!
…でも私は良い子だから言わないであげる。もし直接言う事があっても他の人には見られない所で散々傷付けてあげますから。
あー楽しい、面白い。憎しみで相手を殺す妄想しながらお料理するだけじゃ、物足りないもの。
■■さんは今振り返っても私の為の玩具、私のあらゆる暴力を受けてくれる汚いサンドバッグだったの。
別に良いでしょそれ位やっても?だって相手は私より貧しいらしいんだもの。貧しくて頭の悪い相手に対してはとことんやったって私は悪く無い。
…そう言えば嘗て、そんな貧乏人に対して情けで親しくしてやっていた頃に私の創作の子達を描いてくれた。まあ、私から見て最っ高に下手糞なゴミだったけど。
都合の良い存在。ほんっと、利用し甲斐がある。私の自己顕示欲と承認欲求を満たす為の道具として利用するだけ利用して心を壊してやった。ふふ。私の目論見、理想の通り!■■さんは心を壊したの!!素敵でしょう?
ま、元々精神的に壊れかけていたみたいだけどもね。
それでも…ああ不愉快。どうして命を絶ったのよ。■■さんに嫌だけど優しい言葉をあんなに掛けてやったのに。
出来る限り私の欲求を満たしてくれる存在としてまだ利用するべきだったなって思う。
…それでも、クロルさんやアラロさん達のように私と繋がり続けて私の欲求を満たす道具で居続けてくれた人達は居たし、SNSで繋がれば、誰でも私の道具になるわ。
私の大好きなデインちゃんの事を悪く言ったの不快だったけど、友達だからって言ってやったじゃない。
"ーー違う、アレに対しては恐ろしいと君に言っただけじゃないか。単純に怖いだけだった。
其れを君は何故「私の大好きな人を悪く言われた」と曲解した?怖い、は君にとって陰口だったのか?"
衰弱と再生の女神は肉体を溶かす灼熱に苛まれて身を悶えさせる。
激烈と暴走は深い水の底へ誘われて、沈んでゆく。
夢想と苛烈は幻に惑わされる度に全身を焼き尽くす猛毒と麻痺に苦しみ、天より来る大礫に何度も磨り潰され、塵に還され、其れを幾度も繰り返してゆく。
次は君の番だ。君は、最も重い罰を受けなくてはならない。
「………いや…………………………」
シーフォーンの身体が震える。
「嫌……!いやだ………!!こんな所で終わるもんか…。わた、私は!!選ばれたんだ!!!選ばれてこんなにも素敵な力を得たんだ!!!今更手放すつもりなんて無い!!!」
"……………………。"声は沈黙する。
「あなたあの時の彼なんでしょう?私の味方だったのにどうしてこんな事するんです?ねえお願いだから私を殺さないで、死にたくない、私まだ生きたい、殺さないで、ころさないで…」
悲痛な様相で彼女は訴える。
ーー然し、女神の振る舞いは声の主に全て否定された。
"ーーそうやって悲劇の女を演じて、今度は敵である僕を出し抜くつもりだったのかい"
"言っておこうか。僕は君が知る彼じゃない。皆目検討も付かないよ。君の訴えは棄却された。必死になり過ぎて事実すら曇ったか"
"もう既に君については知っているんだ、諦めて自分が犯してしまった過ちと罪の重さを受け入れろ。"
「そん…な………………………」女神は膝から崩折れて、其の場で項垂れる。
"もし君が意図せずして死に追いやってしまったとするならば、まだ救いはあったのかもしれないね。だが残念だ、君という存在はどんな形であれ殺人の罪を犯し、相手の心を破壊し尽くしてしまった。過ちがある。…其れは、例え意図せずとしても軽いものでは無いんだよ"
"相手へ対する罪の意識さえ、君に備わっていればね。"
自己の正当化ばかりでは無く、少しでも罪の意識が有れば、恐らくは生まれなかった物語。
ーー女神は、彼女は、初めて強い後悔を抱いた。
…だが、己のした事でも、
傷付けてしまった事でも、
己の罪から目を背け続けてきた事でも無い。
……もっと、余裕を持って、でも本気で、奴等を殺すべきだった…………………………!!!!!
女神シーフォーンは、運命の女■■■■は強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く後悔し、一層憎んだ。
己の敗北其のものを、
殺した復讐者達を、
全ての根源たる"彼"を。
彼女の魂が漆黒の闇の中に呑まれてゆく。
ーー救いようすら皆無である、此の最も愚かな女神の魂を、青年の地獄は破壊した。
そうして、地獄の闇の中で再び、何度も蘇られては其の魂を破壊され続ける。
熱愛に狂い傲慢の儘に暴走し続けた女神は無限に魂を傷付けられ、無限に死に絶えてゆく。




