『Martyrium et sanguinem rubrum, in aliis autem』
ーー"虚弱"の代償によって、困難である筈の女神態を素早く行使し、あろう事か更にもう一つの女神態へと変貌を遂げる。
「ああああぁぁぁぁぁぁ…………………………」
代償により苦しむ中で、其れすら耐え抜き、機嫌を損ねさせた彼等を葬る為だけにもう一つの姿へと変貌した女神シーフォーンは、堕ちた聖女の如く、災いの匣の少女の如く、不気味な程透き通った血色とあどけないながらの恐るべき美貌を有した存在になる。
透き通る程の白い肌、
吸い込まれそうな無垢の青い瞳、
燃える赤を秘めた、ほんの僅かに薄く桃を染めた限り無く白に近い髪。
形を持った災い其のものの様な彼女がたった一言で喩えられるとしたら「魔性」だろう。
病的とすら言えそうな白を見せ、
無機質的で心を読めない瞳で彼等と中空を映し、
圧倒的な力を、彼等に対して振るった。
「うぐあああっ!!!!!!!!」
「きゃあああぁっ!!!!!!!!」復讐者達は女神の攻撃の手も読めぬ儘、諸に攻撃を受けてしまう。
復讐者達は受け身を取り其の場で翻ったが、レミエは其の儘庭園の外へ放り投げられてしまう。
「レミエさんっ!!」空かさず彼女の手を掴んで引き上げたのはエインだった。然しレミエを無事引き上げたと同時に、女神の一撃を受けてしまう。
「か…はっ………」
「エイン!!」
「エインさん!!!!」復讐者とレミエの叫びが同時に響いた。
「…っくく、ふふっ、あはっ、あははっ!!!」
禍々しい姿の女神が嗤う。彼女に呼応するが如く、天の月も赤く禍々しく染まっていた。
夜の空は忽ち赤い月に支配される。女神の狂気と力が空間を支配する様に。
「…く、なんの」エインは血を吐きながら余念無く矢を番えて女神へ向けて撃つ。…が、然し彼が放った矢は全て女神の目の前でピタリと止まり、向きを捻じ曲げられて復讐者達の方へ放たれた。
「危ない!!」復讐者はエムオルをむんずと掴み上げ素早い身の熟しで躍動した。彼の外套が翻る。
「うわあああああ」小柄な体躯故に勢い良く振り回されたエムオルは目をぐるぐると回しながらも必死に耐えた。対してエインは其の場で膝を屈する。
「!!大変、直ぐに癒やしますからね…」血の滲む彼の背に軽く手を当てながら、レミエは詠唱する。ありったけの祈りを込めて、エインの傷を癒やした。
「…ぐっ、うう……有り難う御座います、レミエ…さん」少しばかり痛そうにしてはいるものの、エインは何とか立ち上がった。
よろり、とまだよろめいてはいるが、エインは状況の再判断と女神の能力を分析する。
(攻撃している筈なのに効果すら目に見えなかった……其の上、私が撃った数発の矢も全て此方に返してきた…………彼女は……………………)
ーーふと、エインとレミエは復讐者の方へ視線を向けた。すると復讐者の方から目配せがあったのである。
…彼の目配せの意味が分かった二人は、復讐者に合わせ行動を開始する。
「ーーやられてばかりではいられませんね」
エインは薄っすらと微笑んだ。
「防戦一方でも限界はありますもの」対してレミエが、相槌を打つ様に言葉を返す。
両者は素早く女神の下へ入り込む。
「ーー桜舞!!」女神の間に一定の距離を詰めた後、レミエが視界を撹乱させる能力を行使する。
「……小賢しいなぁ…」嫌そうにレミエの放った桜の花弁の吹雪を払う。すると、花吹雪に紛れてエインが飛び出してくる。
「!!!」女神は一瞬だけ大きく目を見開き、其の身を引いた。
飛び出してきたエインの目と女神の目が合う。至近距離でエインは女神へ矢を放った。
「…っ、そんなものなんて」軽快な身の熟しでエインの放った矢を避けた後、レミエの加護を受けたエインが更に距離を詰め、女神へ告げる。
「…あれは囮みたいなものですよ、本物は此方」
「え」スッ、と眉間に差し出された復讐者の拳銃の引鉄を、エインは無慈悲に弾いた。
ーータァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!
銃声が暗い聖都に響き渡る。ほんの一瞬、赤い月が揺らいだ。
「っ……………!!!」女神シーフォーンの身体が、衝撃を受けて吹き飛び、そして彼女の身体は二、三度程転がった。




