『Tentorium Hortos』
テラスより伸びる階段状の回廊を走り抜けて、辿り着いたのは空中庭園。
ーー此の場所から、聖都が小さく望めた。もっと言えば、広い世界を一望出来た。
彼女は此処から己が理想とする世界を望み続けていたのだろうか。
廷の最上、最も高い所に、彼女の理想を眺める広い庭園が存在していた。
遂に辿り着いた彼等を待ち受けていたのは、案の定女神シーフォーンである。
ーー遠くから恐らくは自身が治めている聖都を眺めている女神の姿は、あどけなく幼い童女の姿。
「シーフォーン」復讐者は静かな怒りを孕みながら女神の名を呼ぶ。
途端、彼等の存在に気付いた女神がさっと振り返り、歩み寄って来る。
一歩、一歩。歩を進める度に彼女の姿は成長して変化する。童女は少女に、少女は女性に、そうして復讐者達の前に立ちはだかった時、二十代程の令嬢の様に清楚で淑やかな女が其処に居た。
彼女はにこりと愛らしい微笑みを態と返すと、外見に反してやや軽い調子を伴って口を開き始めた。
「どうも、滔々此処まで来ちゃったんですねw…はい!ご存知の通りシーフォーンですっ」
少しばかりキャハハッ、と笑いを溢していた。
熱愛と傲慢の女神は、一方的に語る。
「あーあ滅茶苦茶…此の廷、私の場所なのに火事にしたり毒撒き散らすとかやってくれるじゃあないですか?」
恐らくは何処かから引っ張り出してきたのであろう、破れてしまった自身の服の一部を取り出し、勿体無さそうにしていた。
「其れに此れも……あの場所にあった物も、全部高かったんですよっ。ずっと昔だけどお付き合いしてた方から頂いた物だったのに……しかも恩師から頂いた物も、家族から貰った物も、デインちゃんから貰ったやつや■■■さんから頂いた物まで………」
彼女の声は次第に怒りを孕んでゆく。
「全て貴方に弁償させてやりたい位、許せない。ううん。其れじゃ足りない。貴方自身からも、貴方や"あの馬鹿"のご家族の方達からも搾れるだけ搾り取ってやるのに。ねえ!!!!!」
シーフォーンはにっこりと場の雰囲気に全くそぐわぬ笑顔で復讐者達に向かった。
「私、苛々してるんです。デインちゃんから貰ったものや■■■さんからのお返しとかも全部滅茶苦茶にされて。其れだけじゃ無いですよ?私のデインちゃん達女神や追従者の皆を殺し回ったんですって?ーー許さない。何度殺し尽くしても破壊された物や殺された方達の分は償えないし私自身の溜飲が下がらない。永遠に、無限に、何度だって殺してやる」
「誰だって勝手だ」復讐者は話す。
「然し当人の戸惑い、苦悩、選択が結果として他者から見て身勝手な行動に繋がってしまったとしても、対して非難し激しく責めるべきでは無かったのでは無いか。考えるべきでは無かったのか?貴様も奴等も等しく身勝手だし、今の我々も身勝手だし、結局身勝手があって世の中は動いた。皮肉な事だがこんな歪んだ世界があるのも貴様の身勝手の為だ」
ーー彼は、彼なりに答えを常に見ていた。もっと違う結末を得られる選択肢があったのではないかーー其れを悪であると断定した上で、最低限でも理解を示していたなら、誰も死なずに済んだ遠い過去があったかもしれないと、復讐者は思う。
対する女神はくっくっ…と嗤い、当然の如き様子で復讐者の言葉を無碍に返してゆく。
「…ああ。そう。そうですか?私身勝手なんかじゃありませんけど?悪いのはそちらでしょう?言わば私は被害者ですもの。ふふふっ、ご高説はもう終わりですか?」
シーフォーンは、飽く迄も自分は完全に悪くなく、善であると主張する。自分は正しいと、主張する。
大きな正義故の豊かな微笑みと、見下した嘲笑だった。
「…だがなシーフォーン、貴様はそう振る舞ってるが、たった一人とは言えども人を殺しているんだぞ、其の上、貴様は何をした?世界中滅茶苦茶にして自分達に反抗する人間を殺し、貧しかったり愚かであると見做した人間を嬲って虐げているだろ」
「ーー殺した、って人聞きの悪い。あちらが勝手に自殺したのでしょう?私は殺していない、世界中滅茶苦茶にって、私は私達が良いと思ってやったのだし、言う事を聞かない悪い子にはお仕置きが必要じゃないですか。其れに彼等は人じゃありません。選ばれた私達の様に裕福か普通で無くてはいけません!!」
女神は狂った主張を続ける。
ーー際限の無い女神の言葉に、復讐者の焔は蒼く蒼く燃え上がった。
「一度死に絶えてしまった者は、決して死返す事は無いんだ!!!!!!!!」
復讐者の叫びが、慟哭が、報復者の剣に強大な焔を与えた。
報復者の剣が唸りを上げる。
慕う人の黄泉帰りを願っても叶わない永遠の諦めが、彼の力へと変わってゆく。
帰還が叶わぬならばーー
「願わくば、報復を!!!!!!!!」剣は彼の願い、言葉に呼応する様により大きく、より鋭く、より洗練されてゆく。
形を変えた報復者の剣は、復讐者も、ニイスも、女神もよく知る形を持って其処に顕現した。
其の黒さ故に禍々しい魔剣の様に見える。
禍々しく見える姿ながら、一種の神気にも近いものを放つ。
「シーフォーン、熱愛し傲慢な女神。葬られた者達と共に召されろ、…殺してやる!!」
復讐者の叫びに合わせ、レミエも、エムオルも、エインも、皆が皆己の武器を取り復讐者と共に飛び出した。




