『Et sepultus memorias』
ギィィィ…………と開かれてゆく扉。
重々しく、其の先は暗い。
黄昏も夜闇に染められ深く沈み掛けている中、僅かな灯りすら心許無い状態の一室に、復讐者達は立ち入った。
ーー女神が、居ない。
部屋に立ち入った復讐者が先ず目にしたのは女神の不在と、そして其処彼処にある様々な代物だった。
埃を被る事無く大切にされている物から、埃を被った物まで、何でもあった。
ーー恐らくは女神が嘗て慕っていたであろう絵描きの画集らしきものや好きだった■■■と思われる画集、何らかの返信と思われるメッセージカードから誰かから貰った装身具に、人間だった頃のデインソピアと共に写った写真や恐らく交際のあった男性と共に写ったものから家族、飼い猫と思われる写真まで数々の代物が其処に思い出の如く留められていた。
復讐者がふと、寝台の傍に見覚えのある林檎が刻印された端末を見つける。どうやらもう起動すら出来ない様だが、大切にしている様だった。
…………巫山戯るな。
其処には、女神が大切だと思えるものの全てがあった。壊されたり奪われてしまう事を恐れる様に、大切に、大切に。
だからこそ、復讐者は更に憤怒した。
ーー何て事だ、他人から大切な存在やものを永遠に壊し奪っておいて、自分は奪われたり壊される事を酷く恐れて独占し続けるとは。
人の命も世界も弄び歪ませた残酷な女神が、自身には此れ程迄に甘々しく、喪失を恐れた。…彼女に虐げられていた者が此の光景を目の当たりにしたのなら、きっと自分よりも先に破壊し、奪っただろう。女神の部屋を蹂躙し、彼女から尊厳を奪い取ってしまうだろう。
「……………………」復讐者は静かに俯く。
彼の仲間もまた、彼の様子が可怪しい事に逸早く気付いた。復讐者を除く此の場に居る者達は、少しだけ引き下がる。
ーー……………………、
「巫山戯るなあっっ!!!!!!!!」復讐者の怒号が部屋中に響く。
「復讐者…さん……」レミエが思わず止めようとする間も無く、彼は部屋中にあった女神の思い出の代物を破壊し始めた。
「復讐者!!いけません!!!」エインが駆け寄って力ずくで止めようとするが、其れを遥かに凌ぐ力で押し退けられてしまう。
「お…おにーさん………」三人が固唾を呑んで見守る中、復讐者は叫びながら部屋中を破壊し尽くす。泣き叫びに近い彼の咆哮は怒りに託されて女神の代物を粉砕し続けた。
部屋は、あらゆる代物は、彼の手で破壊された。
拉げ、削がれ、ずたずたに裂かれた。
其処に残るのは、跡形も無くされてしまった女神のモノ達だけ。
寝台も、敷布も、壁も、硝子も、何もかも。
「はあ…はあ……」女神に纏わる物ばかりが寄せ集められた彼女の部屋に、肩で息をする青年が一人。
復讐者は、吐きそうになった。結局只の人でしか無い我儘な女神の執着に対して。
『……………………』報復をもたらす黒い剣からは何も聞こえず、剣に宿るニイスは沈黙し続ける。
レミエとエムオルが復讐者の様子を気掛かりに思い、彼の傍に近寄る中、エインだけは違った。
「ーー…………?」エインは復讐者によって破壊され尽くしたシーフォーンの部屋を隅々まで見遣る。
彼が一つの違和感に気付いた時、確かに其処に道があった。
(…………テラスから階段状の回廊が…)
そうしてエインはテラスへと出て、回廊を見付ける。
「……もしかして女神は……………………」
ーーエインの動きに気付いたのは、復讐者その人だった。
彼がテラスから伸びている階段状の回廊を見付け、向かおうとしている事に気付いた復讐者も、レミエとエムオルを引き連れてエインの許へ歩く。
「女神は其処から逃げたか」
「復讐者。…ええ、恐らく」
そして其の場で全員は再び顔を見合わせる。
ーー全く、何処までも逃げようとする。自分だけ助かり、逃れたがるとは、己の罪にも見向きしない。
「犯した過ちから逃げ切り、健全を保ったまま思い通りに出来ると思うな、シーフォーン」
復讐者は怨嗟の蒼い焔を瞳に宿した。強く、強く、果てし無く。
最後の女神を追い詰める時が来た。嘗て、"彼"に対して彼女達が行ってきた様に。
お前の逃げるべき場所は此の世界の何処にも存在しない。
一行の決意と結束は強まり、そして彼等は回廊を駆け上って行った。




