『Perdidit in via』
各々が回廊を、部屋を、小広間を、其々の道筋を辿って走り抜けた先に見えてきた廷で最も大きな広間に辿り着いた時、彼等は遂に合流を果たした。
長い道程の中で、彼等は其々の戦いを経てきた。
先に大広間に辿り着いた者、復讐者は新たな気配に一瞬警戒をする。
「…何だ、お前達か」
正体が見知った者である事を知った彼が、警戒を解いて見遣った先、エインとレミエが居た。
「遅れてすみません!!」二人の内で先ず一言を発したのはレミエだった。彼女の姿は何時かの時と同じ、覚醒した時の姿である。
「遅れましたが殲滅は済ませています」続けて発したエインが、レミエと同じ言葉を言う。
「夾竹桃の毒を受けた衛兵の血液から毒の成分を抽出して新しい毒を作れないか…と少し時間を掛けてしまいましたので」
可能な限りなら敵から奪い、死に追いやった毒すら再び利用しようとする。…ある意味、エインの悪い癖だ。
「…………いや、いい。其れで追従者に遭遇とかは?」
「私の方ではアラロという追従者と遭遇しました。交戦はしましたが実力差があったので何とか途中で戦闘を切り上げられました。ですが」
エインは一度軽く俯く。
「…ですが、私の目の前で、彼女は死にました」
「殺したのでは無く?」復讐者が彼を問い質す。
「はい。外套の乱入者によって其の場で首を斬り落とされて殺害されてしまいました」
彼の声は僅かに重い。
「……そう、か。…………レミエさんは?」
「私の方では…赤い髪の…確かペールア、と云う名前でしたね?其の方と交戦しました。…でも、彼女、可怪しかったんです、様子が、…と言うより衰弱していた…様な……?」
レミエは瞬時沈黙する。口元に手を当てて考え込んだ。追従者ペールア。赤い髪の女性、紅蓮の魔女。噂程度ならばレミエも知っている。穏やかで明るく面白い、女神にも民にも愛される人だと聞いていたがーー
(噂通りならあんな振る舞いは…………矢張りあの嫌なものは……………………)
「レミエさん?」
どうしたんです、とエインに肩を叩かれ、はっと我に帰った彼女は「何でもないですよ」と穏やかな微笑みで返す。
「其れよりも女神の近くなんです、エムオルさんが来たら早く行った方が良いと思います」
珍しくレミエが促す様な発言をした。
其の瞬間。
「がっ、しゃーん」
パリィィィン!!と硝子を割る音と共に何故か擬音を口に出しながら当の本人が大広間へ入ってきた。
「ふーっ。おつかれ」
小柄な体躯らしく軽快かつ華麗に着地した後、大して汗をかいている様子では無いが額の汗を拭う様な仕草をした。
「お疲れは普通人に向けて言うものだろう…」
人では無くて自分に向けて言ったらしい。ツブ族の間ではよくある事なのだろうか。
「天窓を割って入ってくるとは随分と大胆ですね、エムオル」
「これこそツブぞくエクストリームアスレチックさんなんだよ、えっへん」
言っている事は兎も角、後を追ってくる衛兵の存在が無かった事からーーどうやらほぼ全滅にする事が出来たらしい。
「やっと揃った…が、問題があるんだ」
大広間を見回して復讐者が悩ましげに振る舞う。
……そう。大広間から他の道へ続く通路が見当たらない。
「此処で行き止まり…ですか」エインは大広間の上や元の道を見るものの然し何も無く、一行は難儀した。
「そんな…こんな所で……」レミエもまた彼等と同じく焦っている。エムオルなんかは慌てて辺りを走り回ってすらいる。
…………が、エムオルが忙しなく走り回っていると、ガコン!と何かが動く音がした。
「なっ、なに!!?」驚いて飛び退くと、エムオルの足が何かを踏み付けたらしい。恐らく仕掛けなのだろう、床が凹んでいた。
ガシャガシャガシャ…と何重にも組み上げられた機構が一定の形に合わさると、隠されていた其れは姿を現した。
「……レバー…か?」
手回し式のレバーの様なものが壁の中から絡繰の音と共に、彼等の前に現れる。復讐者は其れが女神への道と悟って一気に手回した。
ーーフシュウウウ!!
蒸気らしきものが天井から噴き出すや、天井部は一箇所を除いてグオングオンと開いてゆき、そして一本の支柱を降ろしていった。
降ろされた支柱がズゥン!!と重々しい音を響かせ、中心に聳え立った後、何らかの魔術式が働き質量を伴った光の階段を構成する。
作り上げられた光の階段が、一本の支柱をぐるりと囲み、螺旋階段となる。
「随分と凝った造りだな」復讐者は徐ろに出来た階段に触れる。光で出来ているが、確かに物理的な質量があった。
蒸気や歯車等を利用した蒸気機関的な絡繰に、女神の権威の現れのつもりなのか魔術的な要素を持ち込むとは随分と拘っている、と感じた。
「うっわー、上までつづいちゃってるね」
エムオルが一度見上げてから、一足早く階段を上がり始める。
先駆けて行ったエムオルの後に続く様に、復讐者達も階段を上がってゆく。
「まあ奴の気質からして絡繰は致し方なかったのだろうな多分。魔法依存にしたかったのだと思う。都市の名前といい容姿といい、アレはどうもベルディ何とかちゃんとやらだの聖女だの幼女だの何だのと好きなものや其れに関連のあるイメージを徹底的に取り入れたがってるらしいし」
階段を一段一段上がりながら、ぽつりと復讐者は話した。
「魔術……何でも魔法やそう言ったもので済ませられなかったんでしょうか?」
「ああ、元は人間だ、女神にも出来る所に限界はあるさ」
やれ万能だの全能だのと言っていながら結局は限界があるのだ、全て魔法でどうのこうのとすら出来ず、一部を機械や絡繰に頼る。矢張り連中も人間でしか無いのだと、復讐者は更に強く認識した。
一行が螺旋階段を上り切った其の先には、ただ一箇所へ続いていると思われる回廊が待ち受けていた。
「どうも道程が長いですね」
「どうせ奴が捻くれてるだけだろう、螺旋階段の件といい」
復讐者にとってシーフォーンは最も憎い敵。ほんの些細な事でさえ苛立ってしまう。
(悪い癖ですねえ…………)顔には流石に出さなかったものの、エインはやれやれとした後やや呆れ気味に溜息を吐いた。
…そうして、彼等が長い回廊を走り抜けて辿り着いた扉の前。
一行は一つの思いを抱く。
ーー此の扉の向こうに、女神シーフォーンが居る。
一行は顔を見合わせ頷いた後、復讐者は目の前の扉に手を掛けゆっくりと開いていった。




