『Dea』
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ーーピキィィイン!!と、シーフォーンの中で何かが弾け、割れた。
強欲の絆か、はたまた歪んだ情愛か。兎に角、シーフォーンにとってはどうしても大切だと言える何かであった。
彼女は其れを本能的に「追従者の消失」だと判断し、理解する。
望むものを、全てを得て更に欲しい儘、望む儘に捻じ曲げて掻き回し、自分にとっての都合の良い、自己の理想郷にする為に世も人の命も掌握した彼女が、滔々己を護ってくれる者達が居なくなった事を、悲しいかな、拒絶しても分かってしまった。
ーーこんな、こんな不条理な事があるなんて!!
衛兵も殆どが使えない、唯一使える追従者は本能的に居なくなってしまった事に気が付いた。残るのは自分だけで、最早彼女達ほど優れた実力を持った者を得る機会も引き入れる術も無い。
(自分が上である事もだけど……昔なら此の「話術」にーー家柄と、家系や金で周りをわっと惹きつかせられたし、モノだって言わせられたのにーー!)
…女神は、唇を強く噛む。
何より焦燥に暮れていた。
切迫している状況は、彼女の歪みを更に加速させてゆく。
「自分の為」でしか無い事柄を、「世界の為」と勝手に置き換えて。
(ーー…あああどうしよう、どうしよう、どうしよう、デインちゃんもアンクォさんもリンちゃんも居ない、ペールアさんもクロルさんもアラロさんもアユトさんも居ない居ない居ない居ない居ない………ニルスィさんは、レイヨナさんも、居ない居ない居ない…………………………い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、殺されちゃう、死にたくない、殺されるなんて嫌だ、もっと此の世を理想の世界にするんだ、私はずっとずっと生きなきゃいけないんだ、)
自分は選ばれた存在、全てから祝福された恵まれて尊い子、神様も認める素晴らしい存在、才能にも人望にも何もかもに恵まれていて、難儀な病も乗り越えた時の人、そうでなくてはならないしそうであるべきなんだ、と彼女は錯乱した思考を巡らせ続ける。
追従者達は遂に全滅し、女神も自分以外は既に此の世には無く。
残された女神は自分ただ一人。
(………そう。残された女神は自分だけ。本当に唯一の存在になってしまった。愛するデインちゃん達が殺されてしまった事で栄光とも云える所に辿り着いた。今は私こそ絶対。私が最も至高、永遠であるのだから)
臆する必要は無い……そう己を奮い立たせるが、然し錯乱する彼女の前に影がぞわり、と迫った。
「ーーひっ!!」
シーフォーンの背後に、冷たく重々しい空気が押し寄せ、そして彼女を覆い潰した。
『…………やあ』彼女を覆い潰した空気から、外套の黒い青年が現出する。
彼は、シーフォーンに絶え間無い狂気を植え付ける様に、彼女の肩を背後で持ちながら囁く。
『ーーそんなに甘いものなのか?危急存亡は最早其処まで辿り着いている。"お前"の其の細やかな勇気はお前の傍に横たわる敗北と死によって覆されてしまうよ』
青年は語り続ける。
『…だけど、君は強い。強いじゃないか。充分過ぎる程に。だから大きく構えていれば良いんだ、弱い者の振りをする必要は無い。君は全能に近しい者、万能の女神。人の身でありながら難儀な病を乗り越えて選ばれた理想の人、運命の女。さあーーまだ狂って踊るんだ、もっともっともっともっと、君は此の世を回せ』
青年の言葉は、依存性のある毒の様に女神シーフォーンの全身を浸蝕してゆく。
「もっと…もっと……もっと…もっと………!!!」
次第に彼女の瞳は爛々と輝いてゆく。僅かな正気を代償にして。
『そう。踊れ、踊れ!君は此の世を掌握し、数多の人の命すら踏み躙る権利を有した!!そして其れは、今も君が持っている』
「私が……そっか…私には、まだまだ世界を好きに出来る資格も、他人の生殺与奪の権利も、まだ残ってるんだもんね………………!!!!!」
はは、あはは、はははは、と笑い声を上げる。女神の瞳には大凡此の世の在るべき形は映されていなかった。もう、彼女にとっての理想しか見えなくなっていたのだろう。
『そうだよ、女神シーフォーン。僕にとっても憎たらしくて赦せない人。愛され選ばれた運命の女を騙る馬鹿な女の子。自分勝手な夢見がち、さあ、僕の為に死んでくれ。愚かにも狂気に堕ちた儘で』
そして己の愚かさに気付いた時、打ちひしがれて刧虚に怯えるが良いのだから。
「ふふ……あはは、ははははははははは!!!ははは!!あっははは!!!!!私は最も一番であるべき、私こそ必要、選ばれたのは私、私はーー私はーー私は全てに愛されているのだから!!!どから私の邪魔をする奴は皆殺す!!!!!邪魔なものは全て殺してからまたデインちゃん達とやり直せば良い!!!!!!!!!!あはははははははは!!!」
女神は笑う。
女神は微笑う。
女神は嗤う。
女神は嘲笑う。
狂った高笑いを、慈しみに満ちた微笑みを、子供の様に無邪気な笑いを、自分より下等な者を愚かだと見下した嘲笑を。
空は高く、次第に日は堕ち、黄昏は女神の狂気に染まってゆく…………




