『Rubrum umbra dolum』
ーー一方、レミエとの戦いで敗れ、不調の儘其の場で苦しみ続ける追従者ペールアが、強く強く胸を抑えて呻いていた。
「ぐっ………うう、うう…………………………」
一歩、一歩と歩を進める度、胸の痛みは酷くなる。まるで心臓を刳り尽くす様な、或いは耐えられない程の灼熱に身体の内側を焼き尽くされ続けてゆく様な。
ーー何とか力を振り絞り、激痛の中衰弱してゆく身でありながら親愛なる女神シーフォーンの下へと向かうべく進み続けていたが、とうとう限界を迎えた。
物陰でへたりと力尽きる彼女は、肩で息をしながら休息を強く望む。…こんな状態では女神へ合わせる顔が無いーーと、ペールアは心を苦しめた。
そんな彼女の前に、物陰のーー特に暗い所から、ざわざわと悍ましい気配が近付いてくる。
ペールアは本能で「最も危険だ」と感じてはいたが、無念な事に対処のしようが無い。復讐者だろうか、其れともーー
ペールアは考えられる限りの「悍ましい気配を持つ者」について考えていたが、彼女の中で浮かべられる悍ましく醜い存在は、復讐者只一人と、………自分の胸に種を植え付けた者だけだった。
『ーー……酷い状態の割には、明察的だな。』
空間に声だけが木霊する。
『ふん…どうやら衰弱しきっているみたいだね?…………だが、上手くいってるみたいだ』
声だけの存在は、ペールアの様子を心から嬉しそうにしているらしい。
「………」
あなたは、と問い掛ける力すら無く、ただ其処に寄り掛かっているペールアを、声ーー恐らく、暗い物陰に居るであろう主は不気味な程の無言で見ている。
『…………、嗚呼、そうだ』
何かを思い付いた様に声は明るくなり、そしてーー暗い物陰から無数の影の手がペールアに向かって一気に伸びていった。
「!!!!!」ペールアはハッと目を開き、自分に迫る黒い影の手に気付き、咄嗟に立ち上がるも既に遅い。
無数の影の手はペールアを捕え、彼女を拘束すると、彼女の足下にドロリと沼の様な影を作り出した。
「!!ひっ…!!!」ペールアの小さな悲鳴は手に塞がれ、声すら上げられない。
暴れる力すら無い彼女は、ただ其の儘足下の影にズブズブと沈み、呑み込まれてゆく。
ーー其の空間内にペールアの姿、存在が消失した後に、暗い物陰から一人の青年が現れた。
青年は外套を深く身に纏い、姿こそはっきりとしていない。然し其の口元は喜びに吊り上げられていた。
青年は静かに呟く。
『想定よりも面白い事になりそうだ』
そして青年は"まるで誰かに囁く様に"、独り言を吐き出す。
『ーー彼女の存在。彼にとっても、君にとっても愉快な事になるだろう』
青年の笑みは、静かに、深く、恐ろしい。
ーー黒い青年の昏い微笑みが白い廷を蝕んだ。




