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Dea occisio ーFlos fructum nonー  作者: つつみ
Amore ardens summa superbia(熱愛と傲慢)
81/91

『Frange et clamor vulpes』

ーー僅かばかりの沈黙が両者の間を潜り抜ける。




「…………さて、とある話でもしてあげましょ」

狐の女は芝居掛かった振る舞いの後、しゃなりと身を引き締めて語り始めた。

























































艶姿の女狐は語る。

「御存知の通り、ウチも人だったんよ。()()()のあんさんと同じ、たった一人の人間。追従者や女神の()()()()について、既に御存知ではあるでしょうけども一応そう言っとくわ」

アユトヴィートは遠くを見据えながら昔話を静かに話してゆく。

…自分と、女神達の。




「…でも、「女神」と「追従者」についてあんさんは知ってはる?」

アユトヴィートの問いに、復讐者は返す。

「……「女神」は何者かから永続的な万能性を得た者、「追従者」は女神に追従、隷属する事を条件に半永久的な生命力、そして異端の力を女神によって与えられた者。ーー違うか」

「まああんさんからしたらそうやね。ウチらと女神の()()()()との関係は、そう思いますやろなぁ」

アユトヴィートは口元を袖で隠し、感慨のある様子で目を細めた。









一歩前に出て、くるりと其の場で回ってから、彼女は復讐者に訊ねようとする。

「……、あの………あんさ……………」

何故か彼女の声が遠くなった。

ーー…突然、アユトヴィートも、復讐者も何もしていないのにも関わらず、復讐者の脳裏にノイズが走る。

ザ、ザ、ザザ、ザ……と乾いた音が走る中、彼の脳裏にはーー恐らく、()()()()()()()()()()ーー記憶と思われる色褪せた憧憬が映画の様に映し出され、記憶野を駆け抜ける風の様に再生されてゆく。




ーー"うう5nんんんんんんんんん、そsうやねー■■■ちゃyやややゃyyyんああああ後でウchチと?iプしよー♡"………





酷く乱れていた上に、断片的なものだった。復讐者自身にも見覚えの無い記憶。アユトヴィートの様子からしてあの追従者は何もしていないだろう。()()()か?ーー然し、肝心のニイスは剣の中で沈黙している。

其の復讐者の思考を一時止める様に、アユトヴィートの言葉が挟まれる。

「ーーところで、あんさんは"レヨナ"ちゃんの事は覚えてはる?…ああ、レヨナちゃん、は語弊やったね。正しくは"レイヨナ"ちゃんやったね」

"レイヨナ"ーー「レヨナ」と呼ばれた人物は、復讐者も知っている。何処で聞いたのか自ら死を望んで復讐者とニイスの所へ訪ねて来た者だった。

事情を知っているだろう、アユトヴィートが其の儘語る。




「レヨナちゃんは苦しかったんや。ヒトの心のまま、ヒトの道から外された……其れもシーフォーンちゃんによって。「仲良しの人達と永遠に一緒でありたい」。あんさんからしたらエゴだと思いますやろ?でも、シーフォーンちゃんはそうしたかったんよ」









…同時に、彼の中に走るノイズは続く。




ーー"ほnnnnnんとー♡Re:■んちゃん6ッ■■■さ………だもんねー♡"


ーー"でnchaの■■■■■ほんとすすすスs;すゝてきだ,からいtsデもマッ■る■■ねー♡:"

















「初めの内は嬉しかったし沢山仲良く出来て、繋がりの切っ掛けだった絵もめいいっぱい描けて。………兎に角幸せだった。だけどウチは大切なものを忘れてしまっていた。伴侶。旦那、ーー家族。自分の子の存在を、蔑ろにしてしまってた」

「ウチがある程度気が付いた時にはもう遅かった。伴侶も家族も此の世から居なくなってしまっていた。其の時ウチは思い知った。本当に大切なものの事を。真実に気が付いてしまったんよ」


ーー"んもー,まだaサの6譎�よ?早0:きしちゃttわ"


「ウチは荒れた。荒れて荒れて皆に面倒を掛けさせてしまった。シーフォーンちゃんも深刻そうな顔をしていたし、仲良くしているって意味では申し訳付かなくなった。泣いて、泣いて、声を上げて。ウチは雨の中でも構わず泣いた」

「時間が過ぎて落ち着いて…シーフォーンちゃんに従って生きてゆく事にしていた。…そうしている内に、"死にたい"って思うようになった」



ーー"縺吶¢縺ケ描きtケ℃旦驍」縺悟ッ�るmで豬∫浹縺ォ蜴ウ縺励>縺玲�蟄�もごはn;食べsせ………だ…し■■か今度ウチとイpでもしな縺�ー?"


只、歪み、乱れ切ったノイズは軈て無意味な言葉の羅列の様に変化してゆく。









「………でもなぁ…ウチら追従者は、死ねへんのよ。女神の()()()()の力で死ねない……シーフォーンちゃん達がウチらに掛けた、ある意味じゃ呪いの様なものやね。レヨナちゃんの疲れた心は二度と還ってこなかった。だから、彼女は死にたかった」




…聞こえ続けていた謎のノイズも終わりを迎えた時。


ーー"縺��縺オ笙。繧ゅ■繧阪s繧ヲ繝√�繧キ繝輔か縺。繧�s繧ゅj繧薙■繧�s繧ゅ〒繧薙■繧�s繧ゅ∩繧薙↑螟ァ螂ス縺阪h笙。"









……最早ノイズ内の言葉は何の意味も無くなった。

何と言っていたのだろうか。彼には推し量る事すら不可能だった。


そしてアユトヴィートもくるりと袖を翻させ寂しそうに復讐者を見遣った。

























「長生きするのって求めてしまうけど、でもいざそうなったら苦しいだけやね。シーフォーンちゃんは分かってへんのやそういうの。でも、ウチはシーフォーンちゃん大好きよ」

アユトヴィートとて、仕える主君の苦悩は知っている。

女神(シーフォーン)は己の病を、病による薄命をどれ程嫌悪し、悍ましく思っていたか。

アユトヴィートからの又聞きとなったが、彼女曰くシーフォーンの抱えていた病とは単なる病と異なり難儀なものであり、また二十歳まで生きられるかすら疑われていたとも云う。


……然し。アユトヴィートは()の事についても一つ今更ながら打ち明ける。




「だからあんさんの事もあんさんにとって大事だった人も、ウチは許さへんかったし今でも嫌いや。……でもね、今、少し分かるわ」

狐は嘆息した。

「ウチの子も旦那も居ない此の世に未練なんか無い。絵を描くのやシーフォーンちゃん達と仲良くするのは好きだった。でも、やっぱり傍に居てくれる旦那やウチの子の方が、あの人達が居た現実の方が辛くっても大切だったんよ」



胸に手を当て、そして少しばかり息を吸い、深く俯いた。

前髪に隠れた双眸から僅かな涙が溢れ、(やが)て落ちた。

「ウチだけ生きて、旦那達に先立たれて。……そんなの哀しいんよ。だからウチは密かに願う様になった。ーーレヨナちゃんと同じ事を」



其れが、復讐者に殺される事だ。









































「ウチはもう、疲れちゃったんよ………」

艶に、含みのある言葉を口先で紡ぎながら生きてきた女狐は、最早只の弱い女になっていた。

艶姿すら霞んで。

たった其の一言だけに、どれ程の感情が詰まっているのだろう。言葉だけでは表せなかったであろう、此の女の感情が涙声と見せた弱さを通して見えてくる。

















「…………愛の前では、あんたも只一人の人間か」

永遠に喪った愛を背負い続けた目の前の追従者を復讐者は憐れに思った。家族と云う繋がりを永遠に喪って友の呪いに縛り付けられる己の魂を憎み続けたのだろう、と彼は思う。

其の証拠に女の両腕には微かに傷痕があった。ーー最も、女神に与えられた呪いの様な加護の影響で殆ど残らないが、だからこそ憎いとでも何処かで感じていたのだろうか。




「…だから、もう、ウチを、楽にして欲しいのよ………」

追従者アユトヴィートは縋り付く。目の前に立つ、彼女達にとっての黒い死神に。

色褪せた憧憬を象るノイズは彼の脳裏に駆ける事は無く、生きる事を放棄する事を望んだ死にたがりの狐は彼と同じ位黒い剣に柔らかな白指で触れてから、自らの首元に当てる。

双方は暫しの無言を貫いたーー


暫しの沈黙の後、復讐者の方から言葉を紡ぐ。


















































「そうか」

復讐者は冷たく見下ろす。

其の瞳に、死に縋る、追従者である筈の女に対する憐憫の情は一切無い。


然し、彼の言葉には、憐憫に極めて近しい情が宿っていた。

抑揚を抑えた声で、彼は告げる。




「だったら、身近な者への深い愛こそ女神の欲望に打ち勝てるーーあの女神の我儘より優れていると、お前の死を以て証明しろ。」


彼の一言が地獄への入り口、

剣の中に輝く罪が愚者の死になる。

最も大切なものを忘れ、そして喪った事の罪は重く、尚も自身を焼き尽くす程の苦しみ。

愛した者達は其の先に無く、ーー恐らくは彼女自身が「地獄」と認識する所へ向かう事になるのだろう。

















「………孤独でも、」

見えぬ愛だけが残った者に、証明出来るものは其の一つだけ。

追従者アユトヴィートは、たった一つの証明の為だけに永遠の孤独を得たのだろう。だが彼女の表情は、やっと安寧を得た、と言わんばかりの表情だった。

…降りるべき所に彼女は降りる事が出来たのかもしれない。

だから、









ーーだから。

























「別れの言葉は要らないだろう。進め、暗い門の先を」

復讐者は報復の剣を高く掲げーー

































アユトヴィートの首を其の場で刎ね飛ばした。

















































……そして、彼女の身体と首は…淡い光の粒と化して此の世から消え去り、全ては剣の黒に吸い込まれていった。

空よりの花は、当の前に消えていた。

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