『Ut ferro meteorites』
エインを相手に慌てている追従者アラロに対して、エインは静かに警戒しながら後ろ手に武器を構えた。
「……………………」エインの眉間に皺が寄り、より一層の警戒を強める。彼の様子を余所に、肝心の追従者は腰に提げていた別の道具を取り出した。
「こ……これなら、っ」彼女が取り出したのは提燈の様なものだった。提燈を手に只管彼女は「えいっ!えいっ!!」と叫んでいた。
…だが何も起きない。
「……………………」
「あ…あれれっ?何で!?ええ!!?そんなぁこの聖遺物簡単に手に入らなかったのに〜!!!!!」
うわーん!!と泣きそうな勢いでまた慌て出した彼女の言葉から、聖遺物、という単語が出て来る。
(此の追従者…聖遺物の使い手なのですか……)肝心の本人はどうも使い熟せていない様子だが、聖遺物の持つ絶大な力と危険性を知っている彼にとっては目の前の追従者の姿に不安を覚えるし、何より見ていて不憫に思った。
にしても、聖遺物に此処まで愛されていないとは何と不憫か…………
「ううっ…」がっくり、と項垂れてからの其の場でしゃがみ込んで落胆する彼女の様子から聖遺物が中々自在に扱えていない様子と、何故そうなのかエインは何と無く気付いてしまった。
ーー此の人物、どうも戦闘慣れしていない様だ。
原因が分かった。深く考える必要も無い程に。…思わず、深く考えてしまう悪癖を恥じながら。
原因が分かったのだから案外無用な戦闘を避けて回避する事が出来るかもしれないーーそう悟ったエインは、躊躇わず彼女の傍に近付いた。
「……あの、貴女、」
「ひいぃっ!!!」
酷く吃驚して、彼女は気付く。
ーー距離を詰められた!!
いけない、あっさり倒されてしまう!!!
「ひゃああっ」
「…あ、いえ、攻撃はしませんので」
「………へぇ?」思わぬ台詞に拍子抜けして、腰を抜かす。アラロはどうやら距離を詰められて直ぐに殺されちゃうんだ、と思っていたらしい。
「〜じゃ、じゃじゃじゃあ!!!私が攻撃し放題って事ですよね!!!!!ふっ…、ば〜か!!!敵に隙を作らせてしまうなんて情けないぞ!!」
彼女の中では自分に勝機が見えた!!と言わんばかりの様子で、其の場で素早く立ち上がりエイン相手にドヤ顔で立ち回る。
「あ、貴女が戦闘苦手なのは何と無く分かってますのでどうとでも出来ますよ私」
だがーー彼の言葉がピシャリとアラロに止めを刺した。
「〜!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アラロの表情が大きなショックを受けた時の様な表情へ変わり、そしてヘナヘナと再び崩折れた。
戦闘下手。
詰まる所は"超"ルーキーなのである。
追従者という立場である以上、戦闘経験の少ない存在は足を引っ張るだけである訳で、しかも実戦で掛かる重圧は尋常では無い。
アラロは外交担当である事を初めて呪った。
こんな事、いつかはやって来ると分かっていたのにーー!!
「…聖遺物、練習…したんですか?」
声は少し、憐れみのある様な、慰めの様な、敵に対しては珍しい、踏み込んだ様子であった。
「へ?」追従者アラロは涙目を大きく見開かせてきょとんとする。
「聖遺物なんて使い熟す事自体は至難の業の筈ですし、相当…練習したのかなあ…と」
彼の言う通り、聖遺物の扱いは非常に困難を極める。聖遺物には意思があるし、聖遺物にだって機嫌はある。機嫌一つでどんなに使用者が意気込んでも上手くいかない事だってある。…長らく外交担当だったのもあって彼女の場合聖遺物を使えなくは無くとも機嫌をどうこうする事には生憎長けなかった。今回の結果が其れを物語っている。
「えっ…あ、はい……一応最初の頃は練習してたんです、でも…シーフォーンさんから外交担当!!って決められちゃって………」
「(成程、其れで戦闘経験が乏しかったのか)…そうでしたか。空白期間がお有りなのに私の腕に裂傷作れたじゃないですか。軽いですけれど」
純粋に凄いぞ、と含ませて相手を褒める。…のだが、どうも当の本人はエインの腕を見て慄いてしまった様だ。
「〜あっあっ、すすすすすすみません!!!!!あああんな事しちゃってすみませんごめんなさい!!!あわわわいたいたいた痛、痛くないですか!!?」
最早何度目か数えるのも諦める程の慌て振りと、何故か敵であるエインに対して労りの言葉を投げた。
其れに対するエインの行動は、黙って裂傷した己の腕をゆっくり触れ、そしてアラロと目線を合わせる。
「まあ誰だってよくありますから不慣れなんて……そもそも出来れば戦いたくなんか無いですよね。…いや、正直私としては羨ましいですよ、貴女が。戦いなんかと無縁だったのですから」
其の場でしゃがみ込んだアラロ相手にそっと近寄り、エインは彼女の肩を叩いて慰め始める。
「戦いに、無縁…………」
「そうです、ええ、そうです。無縁な事は悪くないです、だって平和で生きてこられたのですから。戦闘経験が無い事を嘆くより平和だった事を喜ぶべきですよ貴女の場合は」
敵対関係にある相手を慰めるのは可笑しく思えるが、アラロの落胆振りを見ているとどうも居た堪れない気持ちらしい。
「う、ううーー私ってば、敵から慰められたりなんて………!!情けない、です。でも、勇気付けられた様な…!!!」
アラロはがっくりと肩を落としてはいるものの、どうやらエインに対して無闇な敵意を向けている様子では無かった。
彼女の態度から、どうやらこれ以上争う事に意味を見出してはいない。彼女なりに「戦う」という選択肢を放棄した様だ。
「…………私、」
ぐすぐすと鼻を鳴らし震えていたアラロの震えがピタリと止まった。
「……私、あの、あなたみたいな方でしたら別に戦おうとしなくても良いのかなって思えてきたんですけど」
「だから私、いつーー」
すっくと立ち上がったアラロとエインの間を割って入る、白い乱入者。
「ーー!!!!!!!!」エインは一瞬漂った冷たい空気に最大の警戒を伴い武器を素早く構えた。
彼が武器を構え撃つまでに、乱入者は既に事を成し遂げてしまった。
「あ…………ーー」
アラロの首筋に赤い線が走る。
ほんの一瞬の間の出来事であった。乱入者は翻りエインが撃った矢をアラロの身体を盾にして防ぐ。
「!!おのれ…っ!!!!」エインは乱入者に対して舌打ちをした。乱入者は外套を纏い深く被っていた為に全体の姿を把握するのは難しいが、薄っすらと見えた体躯や顔付きから、少女であると気付く。
「…………………………、」くす、と嗤った彼女の姿からは、極めて魔性に近いものを感じ取る。
エインは一瞬だけゾッとした。
女神シーフォーンの持つ魔性とは何処か違う。だが或る意味では同じ位の悍ましさを秘めていた。
殺さなくては、彼の中で鼓動が早鐘を打つ。まるで警告の様に。
だが外套の乱入者はエインの攻撃を悉く躱し、エインの動きよりも早く距離を詰める。
エインの脳裏に敗北の文字が過ぎった時、乱入者は大きく跳び上がりエインの真上を軽々しく飛び越えた。
白い外套が見事に翻ったが、彼女の顔は見えなかった。
「……………」一瞬だけ両者の視線が交される。
僅かに見えた口元は先程と変わらず吊り上がっていた。ただ静かに嗤う。だが、先程の悍ましさは無い。
"また何れ"とでも言いたげに口元を吊り上げ笑みながら其れは回廊側の道へ消えていった。
「……………………」ただ一人広間に残されたエインは、傍で倒れ伏している追従者アラロの姿を見た。敵である筈のエインに対して表情をコロコロと変えていた彼女はもう存在しない。首の無い亡骸だ。
其れは先程まで「追従者アラロ」と呼ばれていた者の身体だった。不躾な乱入者が無惨にも彼女を殺してしまったのである。
不自然な程に目立つ桃色が視界の端に映る。間違い無く彼女の首だ。
(何て惨い……………………)エインは彼女の死を敵ながらも祈らずにはいられなかった。どういった経緯かは既に遠い昔の事であるが、彼と敵対してしまった成れの果て。
でも、少なくともある人物と同様に彼とは親しかった筈の人物。
故に、エインは彼女の死を悼む。例え儀礼的なものであったとしても親愛なる者と嘗て親しかった者へ対して当然の行為であった。
(……………………。)
そして彼は再び立ち上がり、乱入者の消えた方向へ向き直った。ーー彼は確かに見たのだ、
(追従者を殺したあの少女の持っていたもの……女神リンニレースの刻印と同じものが刻印されていた…………)
彼は、乱入者の正体に酷く不快な感情を心の中に渦巻かせていた。




