『Receptum fuit universus interiit』
カツン、カツン、カツン、カツン、カツン。
整った冷たい床の上を歩く音。
其れは、時折歩調が変化する。カツン、カツンッ、カッカッカッカッ………
カツーン、カツーン、カツン、カツン、カツーン………………
立ち止まる事もあったし、急に早くなる事もあった。
ーー然し歩調の変わる足音は、必ず一定の状態に戻るのだ。
カツン、カツン、カツン、カツン、カツン。
歩調を戻しては軈てまた乱れ、同じ様な様子を繰り返す。
足音の主は女神シーフォーン。
表情は焦燥と恐怖と苛立ちとを綯い交ぜにしている、大変不機嫌なものだった。
苛々、苛々…彼女は何を思うのか、異常な様子から察する事が出来るだろう。ーー復讐者。
ああ、殺すべき敵か。
でも、其れ以上に不愉快でならない事柄があった。心象光景で突き付けられた己の罪。最早贖いすら叶わなくなった自身の罪深さに身も心も黒い深淵にどっぷりと浸かっていた。
今先程辺り、彼女は其れを思い知ったのである。故に、あらゆる限りの不愉快な暗い感情を心の中で渦巻かせている。
其の感情が「復讐者」という敵達へ対する一種の強く激しい殺意として芽生えては咲き誇り、枯れてゆく。何度も繰り返している行為の中から遂ぞ彼女は辿り着いた。
ーー「もう、最早、自分という者は退くに退けぬ。後戻りも逃亡も許されなくなった」
彼女は退路を断たれ、逃亡に勤しむ事も不可能。
"自分に圧倒的有利となる手段はもう失われた"其れだけが彼女に残された事実であり、そして今、復讐者達が廷を攻めているという現実だった。
(復讐者復讐者復讐者復讐者復讐者復讐者復讐者復讐者復讐者…………………………)彼女の中では何度も何度も怨敵の名を繰り返す。あらゆる事を彼女は繰り返している。歩調も、思考も、憎き者の名も。
だが…其れ程までに切迫する程なのだという事も彼女にとっては現実だし、自分の力で殺してしまった衛兵達へ対する哀悼すらしなかった。
普段通りの彼女ならば一応、哀悼の涙を一筋流して悲しそうな振り位はするだろう。他者の生死なぞどうでも良いなりに、心象ばかりを気にして態と振る舞う。
既に彼女は自分以外の命なんか下等で卑俗なものでしかない、という考えに至っていた。
自分こそ全能なのだと、
我こそは全ての救世主であり、栄光の座の神なのだと、彼女自身は増長の果てに"本気で"そう思っていた。
兎に角「何をしても許される」と思っていたからこそ、暴虐の限りを尽くし続けた。
ーーそんな事ばかりを続けた彼女に、今更後戻りなんて許されようか?
…だから彼女は、残された選択肢の中で「復讐者達を残酷に殺し尽くし、凄惨な光景を含めて見せしめとする」という選択をした。
彼女の中で選択が可決された時、焦燥や苛立ちを綯い交ぜにしていた一つの大きな感情の渦が絶えた。
自らの為に屍となった死者を悼む訳も無く、静寂となった心の儘に立ち尽くす。
俯いた女神の表情は読めない。
もう、運命の女になった時点で彼女は狂っていた。
たった一つ「こんな若さで死にたくない」と言っていた者が、最悪な道を望んで選んでしまった、最後の選択肢だった。




