『Considere mensis nocte』
高所から飛び降りて、廷に侵入した復讐者。
ーー地に着く寸前で翻り、無傷の儘着地する。
「誰だっ!!」
「侵入者だー!!!!!」
廷内の衛兵達が皆一同に復讐者へ注目し、そして一斉に掛かってきた。
…沢山の衛兵が復讐者へ向かう。だが彼はものともせずに取り出した火炎瓶を自身の真下に強く投げ付け、炎を拡散させる。
「前と違って炎の拡散はより早くさせたから、お前達はもう逃げられん。焼かれて死ね、其れか…」
復讐者が全ての言葉を紡ぎ切る前に、炎の中に居た衛兵の一人が苦しみ始める。
「どうしたッ!!!!!」
一人が苦しみ始めたのを皮切りに、一人、また一人と苦しみ藻掻き始める者が増えてゆく。
「っぐ、あああ………」
苦しみ抜いた衛兵は、血を吐いて倒れ伏せる。軈て彼等の身体は痙攣すらせず、息絶えた様だった。
「夾竹桃の毒さ。解毒剤も持たず抗毒薬も飲んでいないお前達にとっては中毒なんかじゃ済まない。致死レベルの量を詰められるだけ詰めておいた」
「しかも女神の破壊活動によって破壊行為が起きても絶えない様に進化した種類だ。進化した分毒性も尋常では無い」
そして続けて復讐者は話す。
「どうやら此の廷には病を徹底的に恐れた女神によって聖都内であったとしても外部から廷内への菌の侵入を防ぐ強力な膜が張られている様だし、聖都の民に被害は及ばんらしい。…だけど其れ故に廷内でばら撒かれた菌や毒へ対する対抗作は無い様だな」
立ち昇る煙と炎を背に、復讐者は立つ。
ーー菌や毒の侵入は恐れて徹底する割に、侵入者の侵入を容易く許してしまうのは杜撰だが。
「くそぉっ、卑劣なっ!!」
衛兵の一人が立ち上がり、武器を構えて復讐者へ向かう。彼に続く様に残りの衛兵達も復讐者へ襲い掛かる。
「掛かれーっ!!!!!!!!!」
一人の号令に立ち上がれる状態の衛兵達が一斉に復讐者を刺し穿とうと武器を向け、突撃する。
ワァァァァァ…と雄叫びが廷内の外庭に木霊する。「女神を殺そうとする者は悪だ!人権などあるものか!!!女神様を守れ!殺せ!!殺せ!!」と彼等は叫ぶ。
向かってくる衛兵達に一切臆せず復讐者は無言で其の場から跳び上がり、瞬く間に衛兵達の首を斬る。報復者の剣によって音も無く首を斬られた衛兵達は次から次へと倒されてゆき、中には首の無い遺体が転がった。
…が、其れでも彼等も臆さなかった。たった一人の女神ーーシーフォーンを守る為だけに彼等は命を散らせて逝く。そんな彼等には既に自身の命すら惜しまず、駒や奴隷であっても厭わず、本来居る筈の家族や恋人の存在ですら衛兵達の中には残らなくなってしまっていた。
…シーフォーンの洗脳は常に深刻な程の力だった。彼等から大切なものを全て消し去り、ただ女神という存在だけを守る存在へと作り替えてしまう。
吐き気がした。
然しーーだからこそ、復讐者の青い焔は燃えてゆく。
彼の手際は最初の頃と比べると、更に鮮やかになっていた。
もしかしたら報復者の剣が取り込んできた追従者や女神の力もあるからかもしれない。其れか復讐者とエインがニイスに出逢った時に彼から与えられた、ニイスの加護の一つなのか。
或いは戦い続ける復讐者自身の経験によるものなのかーー彼が戦いを経る度に身体能力が飛躍していた。今や、衛兵など容易く蹴散らす事も可能となっている。
以前の様に敵との遭遇に関して最大限に気を配り、心を擦り減らす必要性も少し下がった様だった。
(……前なんかとは違う。だが奴にとっては私こそ憎き敵だろう)
(私が進んで陽動し女神の注目を引き付ければ他の皆がより行動しやすくなる筈)
己が率先して陽動行為を行えば追従者も引き摺り出す事が叶う上、面倒事の類を始末してほぼ万全の状態で女神シーフォーンと戦える。
一通り始末し終えて、復讐者は素早く駆け抜け廷内へ侵入した。
石質とゴムの摩擦、はためく布の生む音、金属が立てる重い音。
白い廷内を黒い青年が縦横無尽に駆け巡る。追手が現れる度に火炎瓶を投げ、手前に敵が居れば彼は素早く封殺した。
聖都での戦いが最後の戦いだからか、此れまで以上に銃を扱い、報復者の剣を、其の特性を最大限に活かした。
走り抜けては衛兵を蹴散らし、廷内を賑わせ、他の仲間達を敵の目から逸らし続けている。
そうやって廷内を順調に攻略し続けていた復讐者が吹き抜けた広間に辿り着いた時、カシャン、と金属の音を響かせて、向こう側から現れる。
「ーーお待ちしておりました」
ーー白く長い髪を揺らし、吹き抜けの光に照らされた白銀の追従者クロルが、青を宿す琥珀の瞳に真っ直ぐな殺意を込めて立ちはだかった。
彼女の殺意に好敵の眼差しを向けた復讐者は、蒼い瞳の焔を増して、同じく真っ直ぐな殺意と共に報復者の剣を構えた。




