『In urbe』
……幸い、あれから追従者による襲撃の類を受ける事は無く無事に聖都ミストアルテルへと辿り着いていた。
「…道程は長かったですが、無事に辿り着きましたね」
エインが少し安堵した声で語る。然し一行は少しだけ奇妙な気分になっていた。
『でもさ…僕達の噂は既にある程度広まっているんだろう?なのに、追従者一人すら僕達を襲わなかったのは変じゃないかな?』
ニイスがふと其の様に話す。彼だけで無く、復讐者達もニイスと同じ事を思ってはいるのだ。ーー明らかに可怪しいという事に。
『…でも今は気にするよりも情勢を見た方が良さそうだね』
星都のあのキラッキラしたテーマパークの様な感じとは異なって、如何にもファンタジーに出てきそうな大都市大国家の様な場所である。外部からの無闇な侵入を阻止する巨大な白壁が太陽の光を反射して、尚更異国に迷い込んだ気分にさせられる。
ニイスの言葉の通りに復讐者達は彼方此方見回す。一見不審がられそうに思える行為も、観光客にしか見えない容姿から何とか誤魔化す事は出来ている。
「かんこうきゃく向けに、廷のあんないも出てるみたい」
入都の折に貰ったらしい何かを読みながらエムオルはふむふむと無意識に声を出しながら内容を覚えていた。
ーー白壁の中は、太陽に劣らぬ笑顔を晒す者達が多い。
まるで外側の情勢とは無縁の様だと彼は思う。
少々不自然に思う位には、都民の様子が明るいのだ。もしも一つの都を挙げての女神の計画であるとするならば周りの観光客も女神の計画に加担しない筈は無いだろうし、彼等の様子を見るからに其れはどうやら有り得ないらしい。
もう一つの可能性とするならば、女神側による情報規制が敷かれており都民は外を知らないのか。
…其れか、
…只一つ、復讐者達は両方にも当て嵌まらない事を考えていた。
ーー洗脳。ユイルの件の時にも見られたがシーフォーンがユイルを洗脳していた様に、もしかしたら自分の都の住人を洗脳している可能性もある。
此の程度ならば洗脳は容易だろう。おまけにシーフォーンは人の身であった頃から弁舌に長けており、上手いものの言い方で自分の味方を際限無く増やせる上集団扇動によってたった一人を徹底的に吊し上げたり追い詰める事には恐ろしい程の能力を持っていた。
故に信頼を勝ち得る事も造作も無い為有る事無い事の悪い噂も容易に広められる。
そんな奴が現実的に存在しているのだ、復讐者もエインも、"あの人"の件から新興宗教の教祖めいた相手の能力は知っている。
『…………』そして二人以上に、ニイスはシーフォーンの事を知っていた。
…あれは最早魔性の域に達しており、人でありながら悪魔の様な恐ろしい存在であると彼は看破していたのである。
ニイスが記憶する限りでは、彼女には何度か接触した事がある。其の時にほんの僅かだが、違和感を抱いた。
其の違和感が、彼女の中にある膨大な承認欲求と自己顕示欲等を含めて成立する、其れはあまりにも業の深いものであると後程理解する事となった訳だが…
……ふと、ニイスが横目に"何か"が居る事に気が付く。
彼が其の方向へ顔を向け、視線を送るとまるで女神の下の民から隠れる様に、然し酷く恨めしそうに見詰める少年の姿が見えた。
(…………?)ニイスは何故か不思議な気持ちになった。笑顔や活気に満ち溢れた、恐らくは世界で一番大きな都である筈の此の場所に大凡そぐわぬ者であったからだ。
ーー少年は、心無しか復讐者達の事を見ている様にも思えた。
何を思い、少年は彼等を見るのだろう。少年の目には映っていないであろうニイスが思いを馳せる。例えば、『あの人達が例の復讐者だったら良かったのに』とでも考えていたりするのではないのだろうか。
…等と。
ともあれ、ニイスの目からは、あの少年が聖都の住人らしくない、と感じていた。
恐らくは貧民窟の子供なのだろう。
貧民窟については噂程度にしか耳に挟まなかった。
当時のニイスにとっては『何処のファンタジーだよ』と言いたくなる程であったからだ。
聖都等と随分と神聖的な名称ではあるが其の実態はえらく階級社会的だ。シーフォーンのあらゆる欲に対し何処までも忠実な者は上流の民として扱われ、其れ程でも無い者は中流か一般…平民として。
そして女神に対して反抗的な者は貧民窟に投げ捨てられる。
貧民窟の人間に人権等と言うものは存在していないし、其処に投げ込まれてしまった者達は何時だって見下され、挙句女神の一存や気分で命を弄ばれたり虐殺の対象として扱われる。
無体な話だ。
同じ人間が蔑まれ、同士で憎み合い、挙句強者に弄ばれる。
そういう事については世界全体、おろか思想も含めてある種の真実だが何も無数の人間の命を気紛れに消費する必要は無いだろう。
ましてや自分自身の幸せや延命の為に他者を陥れて殺すとまでなると。
………ニイスも、そういう件については思い当たらない節が無い訳でも無いので、何方かと尋ねられれば間違い無く彼等の様な者の味方だ。
肩も持つし、身体さえあれば恐らく身を挺してすらいただろう。
「……目的の宿に着いたぞ」
ニイスが思慮に耽っていた其の時、前の方から復讐者の声が聞こえた。もう目的の場所まで辿り着くなんて。
「居ると良いんですけれどもね」エインが宿の看板を見上げながら、何かについて少しだけ憂慮している様だった。
「何の事だ?」復讐者は勿論、ニイスも何の事かは知らない。様子からしてエインとエムオルの二人だけが何かを知っている様だ。だけど、其れが何なのかはエイン達は話してはくれない。
「まあ、中に入れば分かって頂けるんじゃないかと思います」
「???」
きょとんとする復讐者よりも早く、エインとエムオルがササッと宿の中へ進んでしまった。
………二人の様子と、エインの言葉の意味について、復讐者とニイスの二人は後程知る事となるのだが。




