『Foramen acus transire ad mulierem』
ーーさて、復讐者とニイス、エムオルにエインの、聖女レミエを除いた一行は次なる目的地を聖都ミストアルテルと定めて、女神殺しを果たす為に歩を進めていた。
………のは良いが、珍しくエムオルがゴネた。宥めるのに時間が相当掛かって、今に至る。
むくれた儘のエムオルに、エインが理由を訊ねる。
「あの、エムオル。どうして先程はあんなにゴネたのですか」
エインにしては、割と珍しく困惑している。
訊いて最初ばかりはむくれた状態の儘だったが、暫くしてむくれる事すら飽きたのかぽつぽつと話し始める。
「………ミルキーウェイげーとって所を、歩きたかったんだよ……………」
沈痛的で、やけに落ち込んだ様子で、エムオルは話す。
「ツブ族でもうわさになってたから、エムがツブ族の中でいちばん先に歩いて、じまん、したかった」
エムオルの落ち込み様は其れは其れは明白であり、相当通りたかったのだろうと窺える。
「ふん、あんな所なぞ何も無いぞ」
復讐者もまた珍しく厭味ったらしく返事した。
『復讐者〜』
エムオルの気持ちも汲んであげようよ、とニイスが言う。
「第一我々が女神の管轄下にある場所を通る事は出来んだろうが。あっさり見付かったら其の時点で終わりなんだぞ、エムオル」
大人気無い事に、彼はエムオルの言葉に反論して返したのである。
「でっ、でも…」エムオルは其れ以上の言葉を吐き出せなかった。自分達の現状に関する正論を向けられて、思わず涙が出る。
「……大人気無い」
エインははぁーっと大きな溜息を吐き、酷く呆れた。
…小さくても珍しい事が最近は立て続けに起こるものだ。そう彼は思った。
ニイスは少しだけ離れて、彼等の遣り取りを眺める。
細やかながら其れが彼にとって最も「日常」に近いのだから。
ーーこういう事が長く続いて欲しかったな、
等と、ニイスは願った。然し直ぐに驕り高い願いだ、と棄却してしまう。
ーー…ニイスの中では今でも囁きが繰り返されている。
脳髄を這う自身の憎悪がニイスに隙を与えようとする。
"彼"の声は大きな力を伴って、ニイスに眩みを与える。
…でも、ニイスには其れすら"ほんの少しだけの疲れ"という事にして済ませてしまっていた。彼等に心配を掛けるべきでは無いと、彼は暗示する。皆、僕等の為に戦っていると、乗っ取ろうとする憎悪の声に抗う。
『……………………お前は、何時だって追い詰めた女達を針で何度も刺し殺したいと願っている癖に』
一番大きく聞こえた、其の声に対してニイスは静かな詠唱の如く言葉を展開した。
確かにそうだよ。僕は彼女達を許せないでいる。
自分の中に展開した、永遠の地獄の中で何度も殺す事を誓い、決意したからね。
…身勝手だけど、どんな形であれどういう立場であれ尊厳を奪う真似は許されない事だって、彼女達は知らなければならないのだからさ。
其の為には得た力も惜しみ無く使うよ。手段の少ない僕にとって、彼等に"囁く"事が大切なのさ。手を尽くし、奴等を針に穿き、檻の中へ閉ざそう。幸いな事に我が親しい者は奴等にとっての徒花となる選択を受け入れてくれた。僕はお前とは違うんだ、お前の様な破滅願望の塊と一緒にしないでくれよ。両者共に相打つなんて、僕は望まない。
展開した言葉が終わった時には、ニイスを蝕もうとする"彼"の声はもう聞こえなくなっていた。




