『Dolor sub dictaturae』
ーー聖都ミストアルテル。時間は夜。
「……っく……う……!!デインちゃん…デインちゃん……!!!」
御所で独り、寝台に伏せて啜り泣く声が聞こえる。
見れば、色素の薄い少女と見間違いそうな女であった。
其れの名は、シーフォーンと呼ぶ。
熱愛と傲慢を司る者。自らは「偉大で完全なる存在」と自負しているらしいが。
月の静寂の中の、仄明るい月の光の射し込む部屋の中で敷布に縋り付いて呻く。
顔を伏せる其の周りは、涙によって湿り、濡れている。女神の顔は恐らくグシャグシャなのだろう。
「…っうああーーーーー…、うわあああーん、うっ…うっ……っ、ぇ…うぁ、あああ、あああああーーーーーーーーーー」
何時もは傲慢ながら毅然とした振る舞いをする彼女には珍しく、子供の様に泣きじゃくっていた。
幸い人払いを済ませていた為に、彼女の其の様子を見る者はおらず、そもそも見咎められる事も無い。
「うわあーーーーーん、わああーーーーーーーーーーーーっ…っふ、っぐっ……わああああーーーーーーーーーーーーーーーーーああー…うわあああああああああああああああ…あ゛……」
どうして!?
どうして!?
どうして!!?
女神の脳裏に木霊する。自分達は何も悪くないのに。世界中の人間の為にしている良い事なのに、まるで仇で返されたかの様。
デインちゃん…!!
デインちゃん……………!!!!!
どうして死んじゃったの、私より先に死んじゃったの、貴女は私よりも若かった。貴女は妹の様だったのに。
伴侶。恋人や妻みたいなものだったのに。
最も親しく敬愛する友だったのに。
私の全てなのに。
私の半身なのに!!!!!
悲痛は濁流の如く押し寄せ、心を大渦の中に無惨にも巻き込む。
奔流はシーフォーンの心を呑み込んだ。心が死にそうだ。飛び降りたくなる程の辛苦が自分の身体をズタズタに引き裂こうとしている。
「ああ……どうして………………………!!!」
シーフォーンは涙や鼻水で汚れた顔を拭う事もせず、腫れた目の儘で窓を見る。月は清々しい程に青く、デインソピアを思い出す。
そして、其の度に虚しくなる。
…最早窓辺の向こう、部屋のテラスで悪戯に笑う愛らしい彼女は居ないのだ。自分だけが知る女神デインソピアは、永遠に自分の元へは来なくなった。
今日の様な日ほど、自分を驚かせる為に現れる筈だった、現在という現実は失われた。
「………っ酷い…ひどい……………こんな、こんな事、あいつが…あいつが……」
グスグスと鼻を鳴らし啜る音と共に、シーフォーンは項垂れ込む。
そして、改めて窓辺の向こうの月へ顔を向けた彼女は、月の蒼さに憎き復讐者の姿を見る。
………復讐者…
蒼い其の色が、黒い髪に隠れた蒼色の双眸の様であり、忌々しそうに舌打ちをする。
奴の蒼い焔が、今頃デインちゃんを含めた三人の女神や、追従者を焼き殺し続けているのだとしたらーー
女神シーフォーンは、涙と共に復讐者への憎悪と怨嗟を、更に募らせた。




